毒きのこ


お田植え祭りの時間を間違って早く行った為、御上神社の境内を時間たっぷりと散策していました。落ち葉の中に怪しげなと言うか綺麗なきのこを見ました。真っ白で笠の部分がなんとも表現できない黄色でした。それに笠の部分が輝いてみえました。きのこの名前は知らなくてなんと言うきのこでしょうか、綺麗なきのこは殆んどが毒きのこと聞いていますがこれもそうでしょうか。

ところできのこの周りの檜の木の幹をみると、あちらこちらと皮が剥がされていて赤茶け化た幹が痛々しく感じられました。ここ御上神社は最近平成の修復保存工事がおこなわれた様で、社殿の屋根は凛々しく映っていました。多分檜皮葺きの社殿の修復工事に使われたと思います。

そういえば確か奈良の室生寺の五重塔が台風で損傷した時も、自社の檜が使われたとニュースで見た記憶があります。檜の皮が足らなくて今全国の寺社で難問となっているようです。せっかくの景観が台無しとの意見もあるようですが、他に手立てがないとなれば致し方ないのではと思います。一日も早く檜に新しい皮が派生することを願ってやみません。

  

2008年05月26日 Posted by 吉祥 at 22:32Comments(0)TrackBack(0)祭り

昨日のお田植え祭


いきなり目にとまったのが緋ばかまと呼ばれる赤い衣装。とにかく衣装がきれいでした。このお田植祭は天皇が即位されたとき、初めて初穂を神に供える儀式「大嘗祭」が、この地で行われたのを記念して今も名前を変えて行われているようです。昭和天皇の大嘗祭が三上に決まったときは名誉なことであり、悠紀斎田には多くの人々が即位を祝ったそうです。

すげ笠、緋ばかま、手甲、脚絆姿で太鼓と歌に合わせて稲が植えられていきました。今は保存会のみなさんがこの田植祭りを継承されています。

    
式展が10時から始まりその後田植えがおこなわれました。数え歌の歌詞はよくわからなかったですが、ドンドンドンと太鼓のあと、♪ひとーつ目、瑞穂の国の、、、、千代八千代と歌われ。女性が着る緋袴と男性が着る黄袴で身支度された植え手が次から次へと苗が植えられていきました。又田んぼの畦では同じ衣装を着た15、6才の乙女子と、初老の男性が歌に合わせて踊りを披露されていました。当時(昭和3年)の新聞の写しが配られ旧仮名使いの新聞でしたが、これによると来賓として滋賀、京都各知事をはじめ歴々の方々の出席のもとに行われ3日間で10万を越す人で賑わった旨の記述がありました。


ところて゜当日は多くの観光客が来られていましたが特にカメラマンが目立ちました。私はブログに使う写真で構図とかは殆んど考えていませんが、写真家のみなさんはいい写真を撮ろうと前の方は押すな押すなの状態でした。田んぼ袴の艶やかさが絵になるのでしょうね。写真マニアにとっては絶好の被写体であるかも知れないです。
  
タグ :野洲歴史

2008年05月26日 Posted by 吉祥 at 09:22Comments(8)TrackBack(0)祭り

お田植え祭


今日朝早くから三上のお田植え祭に行って来ました。てっきり9時からと思っていて、やや早目に行きましたがお田植え祭は10時からだそうで一瞬唖然としました。しまったきちっと調べてから行くべきでした。時間調整で御上神社で時間調整していると、衣装を着た人がゾロゾロと最終の打ち合わせと練習だそうでしばし見学することにしました。

早く来てよかったかも知れません。道理であの狭い駐車場が空いているもんだからおかしいとは思っていたのですが。祭本番は整理して後日にでも記事にしたいと思っています。

  


  
タグ :歴史

2008年05月25日 Posted by 吉祥 at 12:06Comments(6)TrackBack(0)祭り

千団子祭とご詠歌


当日四季咲き菊ということなので買いました。

先日Educeさんから千団子さんの記事にコメントを頂きました。
>今年は露天が少ない気がします、と言うことと御詠歌についてです。
この二点についてもう少し記事にしたくて改めて更新をかけました。当日の植木市ですが私が前回行ったのは10年程前のことで、記憶も薄らいでいますし思い違いということを踏まえての話ですが、少し以前に比べてさびしい思いがしました。

前回の記事にも書きましたが露店のお店が減っているように感じました。それとお客さんももっと多かったと思うのですが、、、、。

昔は大津近辺の方はこの千団子さんで夏野菜を買って菜園を楽しまれたのではなかったでしょうか。長時間いてなかったので確かなことは言えませんが、私が見た限りでは野菜苗を売っていたのは3店舗ではなかったかと思います。

今近くの種苗店でも年々苗の販売が競争でだんだん早くなってきていると嘆かれていました。4月中旬となればホームセンターでは野菜苗が販売されています。当然気温も低く定植適期からはずれていると考えます。この千団子祭で苗が置いてないということは既にみなさん買われてしまって売れないからだと思います。そういう私も既に植えてしまっていますが。

それともうひとつ気がついたことは、買われた植木、花を持ち歩いている方が少なく感じました。多分これもいつでもームセンターで買えるからではないでしょうか。600年からの歴史があると聞きましたが、この祭りは貴重な文化資源であり観光資源でもあります。祭りはとにかく参加することと聞きます。もとを正せば宗教行事ではありますが、いつまでもこの祭りが続くことを願ってやみません。


それと御詠歌ですが境内のマイクから御詠歌が流れていました、たまたま御詠歌の時間に行ったのかどうかわかりませんが独特の節回しで時空を超えて時が流れていくのが嬉しかったです。

できる事なら雑踏の中ではなくお堂の中で座って聞きたかったです。御詠歌は仏の徳をたたえて歌う歌でここ三井寺は西国33ヶ所の札所で33ヶ所の御詠歌が流れていました。御詠歌にはいくつかの流派があるようで聞き覚えのある音階ではありませんでしたが、マイクの声があたりの木々にこだましていました。
  
タグ :歴史

2008年05月20日 Posted by 吉祥 at 20:52Comments(2)TrackBack(0)祭り

サンヤーレ踊り


下笠町老杉神社に伝わる例祭に行ってきました。このサンヤーレ踊りは国選択無形文化財に指定されています。

      

2基の神輿とともに♪ヤーレ、ヤーレ、サンヤーレの囃子と笛、太鼓を鳴らし町内を練りまわります。詳しくはわかっていないようですが県内各地に伝わる、雨乞い踊りであるらしいです。

地元の方に聞いてみると踊りの役が大変で、毎年二月から子供含めて練習に入るそうです。今日は暑くて暑くて神輿の担き手を含めてお疲れだったろうと思います。  
タグ :草津

2008年05月03日 Posted by 吉祥 at 18:05Comments(2)TrackBack(0)祭り

第40回宿場祭り





こんにちは、今日はこの滋賀咲くブログでも何人もの方が既に記事とされています草津宿場祭りに行って来ました。今年は殿様役で映画俳優の志垣太郎さんが来るってことで大賑わいでした。

  
まず草津駅の東口駅前ではフラダンスが行われていて大勢の人でいっぱいでした。下は小学生から上はいくつかなあー私より年上のおばちゃんと言うかお婆さんが腰をふりふりでした。

今回見たかったのはよさこい踊りです、このヤーレンよさこい踊り今では全国至るところのイベントに登場のようですか、元をたたせば北海道大学の学園祭で誕生したものだと聞いています。激しい踊りとリズムが若い人にマッチしたのでしょうね。今日の出演者は必ずしも若い人とはいえないような人も混ざっていましたがいやはやそのパワーに圧倒されました。




近江湖彩天舞会の皆さんの出演です。

      今日は天候もよくて商店街に人が溢れていました、何十年ぶりに見た宿場祭りでしたが人ごみに酔ってしまいました。
  
  
タグ :草津

2008年04月29日 Posted by 吉祥 at 20:27Comments(6)TrackBack(1)祭り

山王祭




山王祭に行って来ました、山王祭は3月の第一日曜日から始まって今日が実質最終日で神輿神幸と渡御がありました。昨日の神輿落としは見たかったのですが雨で断念しました。来年以降の楽しみに残しておきます、山王祭は牛尾社と樹下社のお見合いから結婚、新婚生活、若宮の誕生とストーリが続きます。

柔と剛、華と力1ヶ月間この祭りは続けられます、昔に比べてかなり省略されたといいますがまさに華のある祭りであると感じました。今日の神輿神幸、渡御画像をクリックして大きくしてみたいただければ幸いです。

       


      




          



  
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2008年04月14日 Posted by 吉祥 at 20:08Comments(8)TrackBack(0)祭り

山王祭「牛の神事」





     
生源寺で行われる駕与丁の点呼から山おろしまで見てきました。
キターハマーの 一郎。 「よっしゃー」ナカーハマーの 次郎。 「よっしゃー」
持切り、持切りでっせー20才代の若衆が「最澄」ゆかりの生源寺で上半身裸で、独特の節回しで読み上げられる自分の名前に応答します。ヨッシャーわしが神輿を担いだる若者の目が輝いている。1300年の歴史をもつこの日吉山王祭、なかでもこの「牛の神事」は強訴再建といわれ勇壮なことで知られる。


この甲胃武者の方も若かりし頃は駕与丁を経験してきたのであろう。

      

牛尾社の神輿倉前で待つこと1時間30分山道の方から、松明の火がちらほらと見えてくるとともに周囲がざわめき始めた。ピッピッピー、えんやこら、えんこらの声が消えると罵声と怒声が入り乱れ興奮の坩堝に。鼻と呼ばれる神輿にまたがって乗っている若者の顔は、緊張と興奮で顔は青白んでみえる。

全国日枝神社3000社の総本宮といわれる日吉大社の祭り納得しつつ帰宅しました。
  
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2008年04月13日 Posted by 吉祥 at 16:58Comments(8)TrackBack(0)祭り

12日から山王祭




4月12日から14日まで日吉大社の例祭山王祭がおこなわれます、この祭りは春を告げる祭りとされ1300年の歴史を有するとも言われ湖国三大祭りのひとつでもあります。
県内ではこれから各地で祭りが執りおこなわれますが、できれば祭りがとりもつ魅力を感じることが出来ればと思っています。新聞かテレビかでみたことですが日本中どこへ行っても祭りはあります、そして必ずと言っていいのが自分とこの祭りは日本一だと信じておられると言うのを聞きました。

私が住んでいる地域でも年配の地元の方は祭りの話となると熱く語られます、また友人においてもふるさとの祭りの話になると目が輝いております。近江歴史回廊大学で木村先生の講義を受けたとき、「みなさん祭りを見に行ってくださいよ、御輿は観客がいるから担げるのであってだれもみていなかったら、あほらして担いでいられまへんで」という話が耳に残っています。

祭りの由来についてはそれぞれですが脈々と受け継がれてきた魅力は、そこに住むものしかわからない魔力があるだと感じています。

今年の山王祭は土曜、日曜、月曜ですべてを見ることは出来ないと思いますが、主な神事だけは一度見てみたいと思っています。

午の神事(4月12日)
午後 7時     坂本市民センター     読み上げ(駕輿丁の点呼)
午後 8時30分  奥宮山頂出発       八王子山の牛尾宮 三宮宮を東本宮へ奉安  
午後 9時     東本宮            尻つなぎの神事

花渡り式(4月13日)
午後 1時     参道 宵宮場 西本宮  稚児と甲冑武者の行列
宵宮落とし神事(4月13日)
午後 7時     坂本支所          読み上げ
午後7時30分   宵宮場

御輿神幸(4月14日)
午後2時30分  参道
船渡御(4月14日) 
午後 3時    七本柳             御供を湖上にて献上
  

2008年04月08日 Posted by 吉祥 at 13:22Comments(0)TrackBack(0)祭り

膳所公園桜祭り




今日は膳所公園内で膳所春のまつりが催されていました、桜も満開で大勢の人がフリマーに飲食を楽しんでおられました。フリマーで怪獣のおもちゃをたくさん売っておられた方がいましたが、今まで集めていたものを売りにだされたのかちょっと気になりました。単車で行きましたが暖かくてスピードあげると爽やかな風が吹き抜けて気持ちよかったです。

      
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2008年04月06日 Posted by 吉祥 at 15:39Comments(6)TrackBack(0)祭り

山王祭に行って来ました。





今日山王祭の神輿上神事に行って来ました。

東西両本宮を始め多くの社殿の裏手に当る八王子山の山頂付近には黄金り大巌と呼ばれる大きな巌座(いわくら)があり、この巌座が日吉大社発祥の地と言われている。後にその巌座の左右に二社の社殿が建てられ、東側を牛尾宮(大山昨大神の荒魂)・西側を三宮宮(鴨玉依姫大神の荒魂)としてお祀りしている。この両社の神輿は麓の東本宮に近い神輿倉に収蔵されており、3月1日(現在は第1日曜日)に山上へ二基の神輿を上げる。この神事を「神輿上げ」と称し、その夜から風の日も雨の日も毎日お山に登って約一ヶ月もの間、燈明を献じる。牛の神事までの間、二柱の御夫婦の神様が忌篭もられ、荒魂を浄化されるとも、お見合いされるとも伝えられている。

山王祭実行委員会の資料より

    





八王子山は標高370M前後だそうでかなりの急坂が続きます、その山道を1トンをこえる神輿を山頂まで担ぎあげられます。歩いていくにもぜいぜいと息切れがしました。

  







  
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2008年03月02日 Posted by 吉祥 at 19:54Comments(2)TrackBack(0)祭り

和邇祭



これから祭りを執り行う奉上が述べられます。







この神輿の神額には日吉三宮とあります、ここ和邇の隣集落に船路というところがあります。ここの守護神八所神社は昔日吉さんの神輿を預かった縁で、今も4月15日船路のお供献納祭が執り行われていますこの献納祭をもって山王祭が終わりとなるそうです。

このとなりの集落に木戸部落というのがあります日吉神社の大宮の神額がこの部落にあり、このたび大津市の指定文化財に認定されました。














なにはともあれお疲れ様でした。  
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2007年05月14日 Posted by 吉祥 at 22:50Comments(2)TrackBack(0)祭り

和邇祭



大宮社(今宿、和邇中)
国指定重要文化財






三宮社(南浜)







樹下社(中浜)この社の彫刻すばらしいですよ、どうして文化財指定がなされないのか。
彫刻物下の写真をご覧ください。


今日和邇祭りを見てきました。別名「遅くて早い和邇祭り」というありがたくない名前をちょうだいしているらしい。ここ天皇神社「正しくは牛頭天王社」の本殿は切り妻造りの檜皮葦ぶきで国指定の重要文化財(最初の写真)に指定されています。天皇を本殿に脇社に若宮、樹下、木元、三宮各社を従えています。

大塚紅水著、滋賀の百祭、京都新聞社発行によると戦国時代に日吉大社は戦の難を逃れてこの地に神輿を疎開させたが、平穏となったおりその返還を求めて争いになったと言う。

和邇側は持つて帰るなら「和邇の土地を踏まずに持ち帰れ」といったのに対し日吉側は和邇川を担いで持ち帰りました。川湖は天が預かったものと答えたという。これが和邇祭りのルーツらしい。

そういえば樹下、大宮、二ノ宮、十禅、山王さんの影がちらほら





樹下社の彫刻、写真上手く写っていませんが、かなり精巧に細工されていましたよ。















祭り本番は次回にアップします。  
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2007年05月13日 Posted by 吉祥 at 21:15Comments(0)TrackBack(0)祭り