芯は大丈夫です


虫食いた゜らけのキャベツように見えますが芯に虫は見当たらないです、キャベツはかっちりと撒きますから夜盗虫が入る余地ががありませんが、それに比べると白菜は葉と葉の間に隙間があるものですからどうしても虫の住処になってしまうようです。


ところで数年前の自作のキャベツと人参です、みかんは買ってきたものです、恥ずかしい限りですが自作の水彩画「静物1」です。
  
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2007年11月30日 Posted by 吉祥 at 21:17Comments(8)TrackBack(0)葉菜類

早いもので


植えた覚えのない無農薬、無肥料のみかんが今年もなりました、甘ければいいのですか゜酸っぱくてとてもこのままでは食べられません。昨年この蜜柑を記事アップしたところ多くの方に利用方法の知恵を頂きました、最終的にマーマレードをたくさん作りました。

あれから早くも一年たちました早いですね、一年たちましたというと滋賀咲くブログ始めてすでに一年以上たってしまいました。早いなあー、一年三ヶ月何の日記書いてきたのでしょうか、ぼちぼちネタ切れになりそうです。  
タグ :みかん

2007年11月30日 Posted by 吉祥 at 12:41Comments(2)TrackBack(0)果樹

マイ、名刺


今日滋賀咲く運営事務局さんから注文しておいた滋賀咲く名刺が届きました。
なかなかのもんじゃないですか?。

これで一人でも滋賀咲くファンが増えること願っています。
  
タグ :滋賀

2007年11月28日 Posted by 吉祥 at 21:00Comments(10)TrackBack(0)

西教寺の紅葉



坂本へ紅葉狩りに行って来ました。日吉神社へ行くつもりでしたが大宮川の駐車場が満車で空き待ちの車で行列が出来ていました。これではいつのことになるやらで諦めて西教寺に回りました、多分こちらも駐車場満杯ではなかろうかと思いましたが、上の駐車場が空いていました。ちょうどいい紅葉で緑、黄色、朱色、赤、深紅と見事でした。
このお寺天台真盛宗で実家の菩提寺の本山です、考えようでこちらにしてよかった。









  
タグ :紅葉

2007年11月26日 Posted by 吉祥 at 07:08Comments(16)TrackBack(0)比叡山

草津宿


昨日近江歴史回廊大學に行って来ました、草津宿街道交流館八杉淳副館長の講義「近江の街道と宿場」と題して一時限は座学そして二時限は本陣と草津宿街道交流館を見学してきました。

近江は道の国でありとりわけこの草津は物流的に重要な位置にあり要壁の地でもありました。1600年関が原の合戦の翌年から家康が街道の整備にとりかかりこの草津宿もその頃に出来たと思われます。旅人の宿泊はもちろん人馬継立として本陣2軒、脇本陣が2軒そして旅籠が多いときには130軒から数えていました。

このあと本陣を見学。
草津には田中七左衛門本陣と田中九蔵本陣の二軒の本陣がありますが現存するのは七左衛門本陣だけで、ここには貴重な資料が沢山残っており当日関札、大福帳の一部を拝見しました。この本陣には皇宮和宮、浅野家匠頭、吉良上野介そして新撰組の土方歳三が泊まった記録が残されているそうです。

家康が近くの常善寺に泊まった記録もありここ草津宿は、中山道(中仙道ではなく中山寺がどちらかと言うと正しいのそうです、これは新井白石の進言によります)そして東海道の分岐点であります。一日講義を聞いたあと交流館で解散の後草津駅まで歩きましたが、今歩いてところが参勤交代で殿様一行が歩いておったのかと思うと、まるで江戸時代にタイムスリップしたような感じになりました。天気もよくそれほど古い話でなく明治に入るまではあった宿場町身近に思えた一日でありました。  

2007年11月25日 Posted by 吉祥 at 08:01Comments(5)TrackBack(0)近江歴史回廊

大根干し


今日は朝から漬物用大根を引き抜きました。私は漬物(沢庵)は食べないのですが、知人から漬物用大根を作ってほしいとたのまれいましたから、今年初めて作りました。漬物にするにはかなりの本数がいると聞いていましたから、200本ほど植えましたがちょっと詰めすぎたかも知れません。とりあえず大きいのから順に引き抜きましたが、乗用車ではとても詰めないほどになりました。そこで我が家で干して後日取に来ることに決定。

この風景子供の頃は田舎の風物詩でもありました。柿の木なんかに今の季節ぶらぶらと大根がぶら下がっていましたが、最近田舎でも見られなくなりました。



沢庵の漬物買ったら高いとよく聞きます、今日やってみて納得しました。
まず大根を作る、そして今日の作業綺麗に洗って10日~14日ほど干すそして樽に漬ける。考えたらすごく手間がかかっているのですね。いままでツケモンなんて思っていましたが、これは高級食材ですね。  
タグ :大根

2007年11月23日 Posted by 吉祥 at 20:07Comments(8)TrackBack(0)根菜類

滋賀咲く名刺


この度私名刺をつくることになりました。その名はずばり「滋賀咲く名刺」滋賀咲くのほうで名刺を作ってくださるとのこと、早速申し込みました手続きはメールのやりとりで、しかしそれにしても対応が早いですね、もうびっくりの感心感心。


早速画像のサンプルが返ってきました。いいねぇーいいねぇーさいこうすょー。明日一番に銀行に振り込みます。


詳しくはこちら
http://staff.shiga-saku.net/e63178.html
  

2007年11月21日 Posted by 吉祥 at 19:46Comments(4)TrackBack(0)

満天星


満天星と書いて(どうだんつつじ)と読むらしい、なぜこの字があてられたのか不思議な気がします。今日の朝、庭を見ると一気に赤くなっていました、昨日の寒さで紅葉が進んだのでしょうか春になると白いをつけますし、秋には紅葉が楽しめそれになんと言っても大きくならない。葉が小さいので落ち葉を拾い集めることもないし、小庭園にはなんとも結構な庭木であります。

  

2007年11月20日 Posted by 吉祥 at 21:37Comments(6)TrackBack(0)

がんばれ!!野洲高


第86回 全国高校サッカー選手権大会の組み合わせ抽選がありました。県代表の野洲高校は一回戦で山梨代表の韮崎高校と対戦が決まりました。ワー韮崎かぁーちょっとやばいですね、韮崎は何と言ってもあの中田ヒデの出身高手ごわいですね。よくみるとこのゾーン強豪校揃い一回戦勝ったとしても次は東福岡が待っています。

古い話で今から25年もっと前ですが当時は守山高校が滋賀県の雄でした。国体か高校総体かどちらかで全国3位になりましたそう京都商業だったと思うが柱谷の兄がいた頃です、守山にはエース望月選手がいました。この選手権で守山高校は戦前の予想で優勝候補の一角、松田監督も今年全国一になるチャンスとのコメントが新聞にのっていました。

予想通りベスト4に進出ここで優勝候補の再右翼韮崎と対戦、一進一退のすえ同点PKにここであえなく敗退これはむかしむかしの話でした。このときは正月テレビ夢中で見ていました、あれから25年ですかはやいものですね。ところで望月選手は今どうしているのかなあー大商大から社会人リーグを得て浦和レッズでプレーしていましたが。

その後も滋賀県勢は草津東の準優勝、守北のベスト4そして2年前の野洲校の全国制覇とすっかりサッカー先進県となりました。いまでは全国から胸を借りに野洲川詣でがあるみたい。以前のように名前負けしないはずです、もう一度野州旋風を期待しますがんばってください。
  
タグ :野洲高校

2007年11月20日 Posted by 吉祥 at 16:48Comments(8)TrackBack(0)高校サッカー

今も毎日牛乳が


坂本へ行く道中江若鉄道の残影を探しつつ走りました。
皇子山球場と皇子山中学の間の道路をそのまま北へ進むとやがて近江神宮にいたる道にでます、江若鉄道の軌道あとです近江神宮道の4差路を越えると競輪場が見えます。競輪場の南側に土盛のホームがあり競輪開催日は臨時停車しましたが、お客さん乗り降りしたのはほとんど見たことなかったです。駅舎もないまことに貧弱な臨時駅でした。





競輪場前までの道は多分江若鉄道跡だと思いますがここから北方面は軌道跡分からなかったです。なんとか痕跡がないものだろうか?ありました毎日牛乳の建物がこの南側の道路は江若鉄道廃線跡に間違いないでしょう、今の住所は大津市あかね町と住居表示がありました。学生の頃いつもこの毎日牛乳見ながら通勤、通学していました。
江若鉄道は浜大津駅を出ると三井寺下、競輪場前(臨時駅)、滋賀、叡山、雄琴温泉、堅田、真野、和邇、蓬莱、木戸各駅と続きますが、毎日牛乳は三井寺駅と滋賀駅の中間地点だったと記憶しています。
  
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タグ :江若鉄道

2007年11月19日 Posted by 吉祥 at 20:08Comments(8)TrackBack(0)江若鉄道

印岐志呂神社













昨日守山方面に行く途中に印岐志呂神社に寄りました。
広い境内ですがもみじの樹はみあたらなかっです、表門前にある説明書きによると祭神は大己貴命で大和三輪明神から勧請した。ということは日吉さんの西本宮と一緒ですね、本殿は1599年に建てられたとあり、拝殿は明治の建築物でいずれも国の指定文化財ではありませんがその豪壮さは村の鎮守とは思えないものでした。氏子でこれだけの建造物を守っていくのは大変なことでしょうね

でも旧の県社でもありすばらしい建築物でした。
  

2007年11月19日 Posted by 吉祥 at 13:26Comments(2)TrackBack(0)近江歴史回廊

日吉さんはやがて紅葉です


今日は風が強かったですね。
まだ紅葉に少し早いと思いつつ日吉神社に行ってきました。






一部では紅葉もみられますがまだまだでした。観光客は結構みえられていてシャッター役にたのまれました。
おやすい御用ですからいくらでもです。どちらから見えられたのですか、へぇー遠くからご苦労様です。




来週の週末がみどころだと思います、来週行けるかなあー。  

2007年11月18日 Posted by 吉祥 at 20:05Comments(8)TrackBack(0)比叡山

やがて紅葉


朝夕冷え込んできました我が家の花ユズも緑から黄色に変色、毎年ユズが黄色くなって来た頃が紅葉の始まり、滋賀咲くブログのアンケートにもあるように県内の紅葉のお奨めスポットは何処にあるのか。もっとも近場となると石山寺になるのかいやいやもっと近くて楽しみなところがある。

この11月23日芦浦観音寺で秋の一般公開があり行ってみようと考えている、以前一度行ったがほぼ記憶から消えてしまっているここは常時公開されてないので楽しみである。観音寺は秀吉の時代に琵琶湖の湖上交通の管理権を有しまた代官も務めていたと伝わっている。お寺というより城壁の感がある周囲には小さいながらも堀があったと記憶している。

駐車場がなかったようなので歩いて行ってみようか、往復○○キロはあろうか秋を探すのもおつなものである。
  

2007年11月14日 Posted by 吉祥 at 11:07Comments(12)TrackBack(0)

こんなところに石仏が


今回で一番驚いたのはここであったかも知れない、昨日の記事膳所藩資料館と同地に本多神社があります。この地はもともと藩主の別邸があった、旧膳所藩士などの有志が明治16年に建立され祭神は本多藩所縁の4柱である。

場所はマップにも載せますが石山の御殿ヶ浜、結婚式場のアルマーレ(旧玉姫殿)の北側の路地を入ったところにありますがここには古墳までありました。

小高い岡になっていて古墳の上にはお稲荷が奉ってあり、そして南側には地蔵菩薩がありました(写真)。このお地蔵さん洞窟のような中にまつられていて中には一人しかはいれません、並んで順番を待たないと入ることができなくて、その為じっくりと見なかったのですが石龕仏で、右手には近江の地蔵菩薩特有の柄の短い錫杖をもっていました。雨風にあたっていないのか磨耗することもなく形はととのっていましたそれほど古いものではないかも知れないです。

ここの前の湖岸道路時々通っていますがこんなところにとびっくりしました。近くでもありまた時間見つけてもう一度行きたいと思っています
  
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2007年11月13日 Posted by 吉祥 at 14:50Comments(0)TrackBack(0)近江歴史回廊

膳所藩資料館



膳所歩きの当日膳所藩資料館を見せていただきました。この資料館非公開だそうで当日は大津市主催の歴史教室ということで特別に開けてくださったそうであります。中には膳所藩ゆかりの資料が丁寧に保存されていました。

当日膳所の郷土史研究家の戸田氏にこの資料館にまつわる貴重な話を聞かせていただきました。冒頭聞き洩らしましたが本田藩主の末裔にあたる方が、これらのコレクションをなされておられ本多神社の所蔵として資料館となったそうです。

安昌寺と膳所十一烈士
幕末の頃膳所藩では朝廷側につくか、幕府側につくのか騒然としていました。その折将軍家茂が京都に出向くおり膳所城で泊まる予定でありましたが、尊王攘夷派の暗殺計画の嫌疑が持ち上がりました。そのため将軍は大津に急遽宿を変更11人の尊王方武士が囚われてしまい、そのうち4人が切腹、7人が斬首の刑となりました。切腹の刑となった4人田河武整(たけのぶ)、阿閉信足(のぶたり)、保田正経(まさつね)、槙島光顕(みつあき)の4人の墓が安昌寺に残りの7人は膳所駅裏手の岡山墓地に葬られています。

この資料館には獄中であった烈士が筆や紙を与えられなかった為、ちり紙でコヨリをおり時世の句を詠んだ歌が多く保存されており拝観させていただき感慨深いものであり、貴重な数々の名品と遺品にただただ驚くのみでした。

11月25日(日曜日)膳所城下町めぐりが開催されます、この膳所藩資料館も特別公開されるそうです。滋賀咲くお奨めよりの拝借URLです。http://www.otsu.or.jp/topics/2007zeze/index.htm  

2007年11月12日 Posted by 吉祥 at 17:28Comments(0)TrackBack(0)近江歴史回廊

膳所城下町を歩く


10日(土)のことですが「ふるさと大津歴史教室」に行ってきました。今回は人気があって定員オーバーになり抽選なったそうて゜す、選んでいただいてラッキーでした。京阪膳所駅から、六体地蔵、響忍寺、和田神社、縁心寺、膳所城跡、膳所神社、安昌寺、篠津神社、若宮八幡宮、本多神社と順に歩き、節々で大津市文化財保護課の方から説明があり有意義な一日となりました。写真は響忍寺(こうにんじと読むそうで現在真宗大谷派)で住職さんから説明があり、画像は元家老村松八郎右衛門の屋敷があったところで当時の長屋門であるそうです。


和田神社で本殿は鎌倉時代の建築物で重要文化財の指定を受けています。写真に写っているイチョウの樹は樹齢600年で関が原でやぶれた石田三成が京都へ護送中この銀杏の樹にくくりつけられたとか(あくまで伝説の話ですがとのことでした)。
このあと画像はありませんが縁心寺に行きました。
膳所高校の東側に隣接しており、初代城主戸田一西夫妻、他本多歴代藩主の墓がありたいそう立派なお墓でありました。ここのお寺は普段は入ることができないそうです。


膳所神社で膳所城城門がこの神社の表門に移築され現在重要文化財に指定されていますが、画像の北門については同じく高麗門の立派な門に見えましたがこちらは移築の際改築され欄間もはずされ、桁も小さくなっているため残念ではあるが文化財としは無指定だそうです。




篠津神社表門は元北大手門で重文指定となっており、ここの境内にも樹齢400年からなる大ケヤキの樹がありました。このあと若宮八幡宮から膳所藩資料館、本多神社と歩き午後4時頃解散となりましたが、本多神社では興味そそがれるものがありましたので追って別記事にしたいと考えています。  

2007年11月12日 Posted by 吉祥 at 10:47Comments(2)TrackBack(0)近江歴史回廊

立葵紋



今日は一日膳所の街を歩いてきました、大津歴史博物館主催の膳所城跡と城下町に行ってきました。徳川家康が関が原の合戦後戸田一西を初代の城主に、その後菅沼、西川、本多と移り変わりました。
中でも代々本多氏が膳所城を世襲してきました。今日はその本多氏ゆかりのお寺、神社、街道とたっぷり楽しんできました。詳細についてはまとめてブログ記事にしたいと思っています。

画像は本多藩の家紋立葵です。  

2007年11月10日 Posted by 吉祥 at 19:32Comments(4)TrackBack(0)近江歴史回廊

とりあえず一本



毎年近くでこの時期に農業まつりが開催されます、今年もこの土、日とおこなわれるみたいです。いつももっと寒いと思いますが今年は今日も寒さを感じられないどうなっているのか。それはそうとして大根引き抜きましたが見た目にもまだまだです、今年も大きくて水分たっぷりの大根となることを願っています。  

2007年11月09日 Posted by 吉祥 at 12:24Comments(9)TrackBack(0)

じゃじゃ麺

 盛岡土産にじゃじゃ麺をいただきました、きしめんによく似ていますが、食べ方は別物みたい、まず麺を茹でて器に盛り付けるあと葱、胡瓜等をそえます。添付の肉味噌なるタレをかけて出来上がり。

冷麺を温麺にした感じでしょうか、パスタにも似ているかもタレが辛いです、説明書きにはそう書いていましたがね。ちょっと変わったうどんの食べ方でした。  

2007年11月07日 Posted by 吉祥 at 20:34Comments(10)TrackBack(0)

今日は大和芋









今日は先日掘り起こした大和芋を摩り下ろしました。この大和いも箸でつまんでもごらんの通り持ち上がります、そう餅みたいですねもちもちした感触で美味しいかったですね。





こちらはげんこつ次郎大和芋に比べて少し水っぽいですが市販の長芋よりは粘りがあります。こちらも美味しくて酒の肴に最適ですね、自然薯は胃腸にすごくいいらしいですね。  

2007年11月06日 Posted by 吉祥 at 21:36Comments(14)TrackBack(0)根菜類