柏原宿ウオーキングⅡ

「亀屋左京商店」文化12年(1815年)に建てられ、現在も住んでおられ商売も行われているため見学はできませんでした。柏原宿の名物はなんと言っても「もぐさ」で多いときは10軒からあり、すべて亀屋という屋号をつかっていたそうで今も営業されているのは、上記の亀屋左京商店一軒のみとなりました。広重が描いた「木曾街道六十九次」にでてくる柏原宿はこのお店がモデルとなっています。

霊通山清瀧寺徳源院
本堂に入り住職さんからここのお寺の概要を説明していただきました。ここのお寺は京極氏の菩提寺で終戦時の農地解放まで寺領が分け与えられていてよかったのですが、一時期雑草がぼうぼうでした。他のお寺さんと違ってお墓は歴代の京極当主の墓だけで、坊主の墓(話された通りの記述しました)も一般の方のお墓もありません。檀家が一軒もありませんから葬式もやりません、することは一年に一度京極家の供養だけでそれ以外は掃除ばかりやっています。ちょっと驚きの話から始まり佐々木氏から始まって大原氏、朽木氏、六角氏、京極氏と、即席の歴史講話となりました。
【余談ではありますが昨日徳源院のHPを見ました。坊主なんて言っておられましたが山口住職は最近まで彦根東高等学校の生物の先生だったようです】

ご住職の話によると小堀遠州の作と言い伝えられていますが、記録が残っていないのではっきりとは申しあげられないが、私は遠州作だと思っていますとのことでした。一見枯山水に見えますが昔は前の窪みには水がはっていましたが、伊勢湾台風のおり上の水源が絶たれてしまい枯れてしまいました。私が子供の頃はこの池でいかだを浮かべて遊んでいたのですがね、この池に元通り水を入れるのが私の願いでもありますとのことでした。裏山を借景したすばらしい庭で秋にでも拝観したいお庭でした。

(写真は大津城主京極高次の石廟)
寛文12年(1672)高豊(代22代)が散在していた歴代の宝篋印塔をここに集めたもので。墓所は境内の裏山裾に上下2段に分かれて上段に18墓下段に14墓が並べられていました。これら墓所全部が国指定史跡となっています、京極高次の墓は下段にあって墓が石廟の中に入れてあり驚きでした。これら32墓は鎌倉時代から江戸時代まで各時代の特色がでており、石塔研究にとっては貴重な資料を提供しています。

三重の塔(県指定文化財)
常楽寺の国宝三重の塔と比べると素人目にも貧弱とは思いますが、威風堂々とした様式は引けをとるものではありません。少し痛んできているのでは思います、もしそうであるとするなら早い時期に修復保存を願いたいですが、檀家寺ではありませんからね。
事前に調べて予備知識をもって行くべきでした。徳源院さんのHPを紹介しておきます詳しく説明されています。
2008年07月14日 Posted by吉祥 at 21:16 │Comments(6)│TrackBack(0) │近江歴史回廊
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この記事へのコメント
吉祥さん、今日は。徳源院の記事とHPも見せていただきましたが、この存在を知りませんでした。一度行きたいところですね。京極家だけの菩提寺で檀家もいないとは天台宗の寺院でも珍しいように思いますが・・。結構このような寺院があるのですか。京極友の会に119名もおり、各地におられるのにびっくりしました。宝筐印塔34基もあるとは壮観ですね。県指定名勝の庭園も素晴らしいですね。ここはだれでも、いつでも拝観できますか。拝観料は?貴重な情報を頂きありがとうございます。
Posted by kobatoan at 2008年07月15日 09:25
湖鳩庵さんこんにちは、いつもの台詞になってしまいましたが暑いですね。レクダンスをはじめボランティアと相変わらずお忙しいそうですね、
ここのお寺さんの知識としては京極高次のお墓があるだけの知識でしたから、ほとんどゼロに近い状態で何もかも驚きでした。
宝篋印塔が32墓もあるとは知らなかったし、それに石廟のなかに宝篋印塔が入っているのは初めてみました。
天台宗には檀家がないと言う話ですが。あくまでも私の私見で間違っているようでしたら指摘して下さるといいのですが、私はこう考えています。
天台宗は秀吉、家康と手厚い保護の下広大な寺領と、時としては権力まで持ち合わせます。江戸時代までは座主は公家、皇族から迎えていますから官営宗教だったのではと思います。檀家制度はそもそも江戸時代にできた制度で、それまでは民衆が葬式を行うということはなかったと聞いています。在寺の寺はこの檀家制度が江戸幕府の達しにより確立されたことは、永久的にお布施が入ることになるのですから歓迎されたでしょうね。民衆のお葬式を行う代替に、お寺が戸籍係を請け負うことになったのもこの時期のようです。もっと言いますと埋墓を参り墓として境内に造らせ永代供養としたのもこの時期のようです。
この徳源院とか芦浦の観音寺は天台の別院と言っても過言ではないと思います。観音寺も檀家はないと聞いていますが何も民衆の葬式をしなくても、広大な寺領を持っており年貢が入ってきますから当時では
檀家を持つ必要がなかったと考えます。ところが徳源院の住職さんの話にもあった通り、終戦後の農地解放で寺所有の田地は取り上げられてしまいました。となると檀家を持たないお寺さんは収入源がないわけですから大変なことになってしまったと思います。逆な言い方をするとそれだけ格式が高いといえるのでは。
鎌倉仏教系のお寺は江戸時代に檀家集めに奔走しましたが、由緒ある天台系の一部の寺院はその必要がなかったことが今になって大きな痛手となっているように思われます。少しいいすぎたでしょうか、しかしいずれにしろお寺を護るということではなくて、貴重な文化財を護るという観点からすればこれらのお寺に援助を行うことは間違ってはないとおもいますがね。しかしあくまでも宗教法人ですから特定のお寺だけに援助をするわけにもいかず難しい問題ですね。
徳源院の話に戻りますがいつでも入ることは可能だとおもいます。拝観料は300円のようです、宝篋印塔もそうですが庭園がすばらしいところでした。記事にはしませんでしたが境内に天然記念物のえどひがん桜
もあって、春もしくは秋にでも行けばいいのではないでしょうか。
ここのお寺さんの知識としては京極高次のお墓があるだけの知識でしたから、ほとんどゼロに近い状態で何もかも驚きでした。
宝篋印塔が32墓もあるとは知らなかったし、それに石廟のなかに宝篋印塔が入っているのは初めてみました。
天台宗には檀家がないと言う話ですが。あくまでも私の私見で間違っているようでしたら指摘して下さるといいのですが、私はこう考えています。
天台宗は秀吉、家康と手厚い保護の下広大な寺領と、時としては権力まで持ち合わせます。江戸時代までは座主は公家、皇族から迎えていますから官営宗教だったのではと思います。檀家制度はそもそも江戸時代にできた制度で、それまでは民衆が葬式を行うということはなかったと聞いています。在寺の寺はこの檀家制度が江戸幕府の達しにより確立されたことは、永久的にお布施が入ることになるのですから歓迎されたでしょうね。民衆のお葬式を行う代替に、お寺が戸籍係を請け負うことになったのもこの時期のようです。もっと言いますと埋墓を参り墓として境内に造らせ永代供養としたのもこの時期のようです。
この徳源院とか芦浦の観音寺は天台の別院と言っても過言ではないと思います。観音寺も檀家はないと聞いていますが何も民衆の葬式をしなくても、広大な寺領を持っており年貢が入ってきますから当時では
檀家を持つ必要がなかったと考えます。ところが徳源院の住職さんの話にもあった通り、終戦後の農地解放で寺所有の田地は取り上げられてしまいました。となると檀家を持たないお寺さんは収入源がないわけですから大変なことになってしまったと思います。逆な言い方をするとそれだけ格式が高いといえるのでは。
鎌倉仏教系のお寺は江戸時代に檀家集めに奔走しましたが、由緒ある天台系の一部の寺院はその必要がなかったことが今になって大きな痛手となっているように思われます。少しいいすぎたでしょうか、しかしいずれにしろお寺を護るということではなくて、貴重な文化財を護るという観点からすればこれらのお寺に援助を行うことは間違ってはないとおもいますがね。しかしあくまでも宗教法人ですから特定のお寺だけに援助をするわけにもいかず難しい問題ですね。
徳源院の話に戻りますがいつでも入ることは可能だとおもいます。拝観料は300円のようです、宝篋印塔もそうですが庭園がすばらしいところでした。記事にはしませんでしたが境内に天然記念物のえどひがん桜
もあって、春もしくは秋にでも行けばいいのではないでしょうか。
Posted by 吉祥
at 2008年07月15日 14:37
at 2008年07月15日 14:37こんにちは いもお世話様に成り有難う御座います。
ご親切に私のところへコメント頂きましたのに、お名前を違って打ってしまい、今見直して気が付きビックリしています。
嫌な気分になられた事と思います。不調法なことをしてしまい
誠に申し訳御座いません。
誤字脱字が多いので、しっかり読み返さないといけないのですが、いい加減な性格は直りません。コメントの修正の仕方はありますか?
これに懲りず又よろしくお願い致します。 失礼致しました
ご親切に私のところへコメント頂きましたのに、お名前を違って打ってしまい、今見直して気が付きビックリしています。
嫌な気分になられた事と思います。不調法なことをしてしまい
誠に申し訳御座いません。
誤字脱字が多いので、しっかり読み返さないといけないのですが、いい加減な性格は直りません。コメントの修正の仕方はありますか?
これに懲りず又よろしくお願い致します。 失礼致しました
Posted by パル at 2008年07月15日 16:36
パルさんへ
全く気には致しておりませんので、それよりわざわざコメントを下さってありがとうございます。私も多分同じようなことやっていると思います、私の場合はもっとひどくて気がつかずにそのままになっているのもあるかも知れません。
コメントの修正はできないのでは、削除するしか方法はないと思いますが。そんなことより別に気にしていただかなくて結構ですよ。またよい絵を見せてください楽しみにしています。
全く気には致しておりませんので、それよりわざわざコメントを下さってありがとうございます。私も多分同じようなことやっていると思います、私の場合はもっとひどくて気がつかずにそのままになっているのもあるかも知れません。
コメントの修正はできないのでは、削除するしか方法はないと思いますが。そんなことより別に気にしていただかなくて結構ですよ。またよい絵を見せてください楽しみにしています。
Posted by 吉祥
at 2008年07月15日 17:05
at 2008年07月15日 17:05今晩は! 失礼な事なのに、快くお許し頂き有難う御座います。安心しました。
天台宗には檀家がない事について、吉祥さんの檀家制度の話は興味深く思いました。よく勉強され とても詳しいのですね。
32基も集まっている宝きょう印塔も壮観とおもいますが、見たことはありません。鎌倉時代のものが一番美しいと聞いてますが、研究されている方にとっては嬉しい場所。
またいろいろ教えて下さい。
本当に有難う御座いました 又よろしくお願いします。
天台宗には檀家がない事について、吉祥さんの檀家制度の話は興味深く思いました。よく勉強され とても詳しいのですね。
32基も集まっている宝きょう印塔も壮観とおもいますが、見たことはありません。鎌倉時代のものが一番美しいと聞いてますが、研究されている方にとっては嬉しい場所。
またいろいろ教えて下さい。
本当に有難う御座いました 又よろしくお願いします。
Posted by パル at 2008年07月15日 21:56
パルさんこんにちは。
今年近江歴史回廊大学と言うところに行っています。県の近江歴史回廊協議会が主催していて、昨年の開講式には嘉田知事も見えられていました。名は大学ですが私も含めて御老人ばかりです。
私は全国歴史(こんな言葉ありますか)より地域歴史の方が好きで、ここでの講座を結構楽しんでいます。
ブログ記事では宗教の話、政治の話、銭儲けの話はタブーらしいですが、近江の歴史記事を書けば天台宗を抜きに書けませんからそのあたりを含んで見てくださると嬉しいです。お褒めの言葉頂いて真に受けて
いいものやら恥ずかしい嬉しいやらです。
三重の塔もあって観光客はいませんし、絵を描かれるのならもってこいの場所だと思います。塔はひさしの影の部分と陽があたっている明の部分が、はっきりしていて好きですが私の技量では描くのは絶対無理。
今年近江歴史回廊大学と言うところに行っています。県の近江歴史回廊協議会が主催していて、昨年の開講式には嘉田知事も見えられていました。名は大学ですが私も含めて御老人ばかりです。
私は全国歴史(こんな言葉ありますか)より地域歴史の方が好きで、ここでの講座を結構楽しんでいます。
ブログ記事では宗教の話、政治の話、銭儲けの話はタブーらしいですが、近江の歴史記事を書けば天台宗を抜きに書けませんからそのあたりを含んで見てくださると嬉しいです。お褒めの言葉頂いて真に受けて
いいものやら恥ずかしい嬉しいやらです。
三重の塔もあって観光客はいませんし、絵を描かれるのならもってこいの場所だと思います。塔はひさしの影の部分と陽があたっている明の部分が、はっきりしていて好きですが私の技量では描くのは絶対無理。
Posted by 吉祥
at 2008年07月16日 10:26
at 2008年07月16日 10:26

