熊沢蕃山

今日所要で湖西に行ってきました。ブログ取材をかねて子供の頃行ったことある蕃山文庫を訪れてみました。ここ今は大津市であるが旧志賀町栗原、湖西道路和邇インターを降りたところがそうであります、ここに蕃山文庫があります。近江聖人中江藤樹は多くの人に知られるところですが、熊沢蕃山を知る人は少ないのでは。

熊沢蕃山(1619~91)は中江藤樹の門弟で岡山藩の出身です。「集義和書」「集義外書」「三輪物語」等の書がのこされています。


蕃山先生立志碑













蕃山は娘の嫁ぎ先のこの地を訪れていたらしい。遠戚にあたる畑荘助翁により顕彰をするため、蕃山文庫を創立されました。



























老朽化のため蕃山文庫はすでに取り壊されたとのことです、ここ蕃山文庫には蕃山に係る書籍等が保管されいたとのことですが、礎石だけがのこされていました。
藤樹記念館に訪れる前に、ここ蕃山文庫跡も訪れ先人の孝徳を偲ばれるのも一考かと思います。




2007年01月07日 Posted by吉祥 at 19:40 │Comments(6)TrackBack(0)近江歴史回廊

この記事へのトラックバックURL
http://lycaste621.shiga-saku.net/t14898
この記事へのコメント
熊沢蕃山文庫跡は知りませんでした。中江藤樹記念館は行ったことがあり、藤樹の思想に同感しました。ここにも書いてありますように蕃山は藤樹の弟子ですが、出世頭でもありますね。近江は歴史の宝庫ですからあちこちに昔の有名人が残した足跡がありますね。
Posted by 湖鳩庵 at 2007年01月07日 19:54
湖鳩庵さん今晩は、早々に見ていただき有難うございます。
ここは小学生のころ遠足に行った記憶があります。確か桜が咲いていた頃です。広場になっていてそこに車止めました。もちろんだれ一人としておられませんでした。蕃山文庫はもう取り壊されたそうです、貴重な文献どうなったか大学の図書館か公共の図書館にでも収められているといいのですが、

陽明学研究されたのですか、私はまだ藤樹記念館行ってないんですよ、陽明学と朱子学どこがどう違うかさっぱり解らないです。湖鳩庵さんのHPでの記事お願いしますよ、教えてください。

ここは小野妹子出身地でもあるのですが、妹子神社も知らないんです。
Posted by 吉祥 at 2007年01月07日 22:14
吉祥さんのところはず~っとず~っと歴史が古い土地だから、いろんな史跡がありそうですね。
私もこれからは身近にそういうところがないか探してみます。
Posted by na7 at 2007年01月07日 22:23
歴史はちょっと疎いんですよ、若い頃に社会の勉強してこなかったつけが今来ています。遅まきながら少しづつ勉強していきます。
Posted by 吉祥 at 2007年01月07日 22:39
私も朱子学と陽明学についてはあまり知りませんが、両者とも儒学の体系ですね。朱子学が形骸化するのを正すため、王陽明が陽明学を提唱し、中江藤樹先生はこれに共鳴し、日本の陽明学の祖といわれています。朱子学は林羅山らが徳川家康から4代に渡って侍講として仕え、封建的身分制的秩序イデオロギーの確立に貢献しましたが、後から出てきた陽明学は致良知説などを唱え、民衆にも広く受け入れられました。
中江藤樹記念館を訪れた時の感想は私のホームページ「日記」の前のページのさらに前のページの2006年3月15日に記載していますので、見ていただければと思います。
Posted by 湖鳩庵 at 2007年01月08日 19:52
王陽明に林羅山名前だけ思い出しました。「致良知」「孝行」「知行合一」「五事を正す」、、、、、、
昨日、回廊大学今年カリキュラム見ていました。道コースに中江藤樹組み込まれていました。しっかり聞いてきます話は別ですが県内随分と回っておられるのですね。座禅草も見に行かれたみたいですね、私もすこしづつとは思っていますが行動になかなか移りません。
Posted by 吉祥 at 2007年01月09日 12:37
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容はメールを除いて公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。