和邇祭



大宮社(今宿、和邇中)
国指定重要文化財






三宮社(南浜)







樹下社(中浜)この社の彫刻すばらしいですよ、どうして文化財指定がなされないのか。
彫刻物下の写真をご覧ください。


今日和邇祭りを見てきました。別名「遅くて早い和邇祭り」というありがたくない名前をちょうだいしているらしい。ここ天皇神社「正しくは牛頭天王社」の本殿は切り妻造りの檜皮葦ぶきで国指定の重要文化財(最初の写真)に指定されています。天皇を本殿に脇社に若宮、樹下、木元、三宮各社を従えています。

大塚紅水著、滋賀の百祭、京都新聞社発行によると戦国時代に日吉大社は戦の難を逃れてこの地に神輿を疎開させたが、平穏となったおりその返還を求めて争いになったと言う。

和邇側は持つて帰るなら「和邇の土地を踏まずに持ち帰れ」といったのに対し日吉側は和邇川を担いで持ち帰りました。川湖は天が預かったものと答えたという。これが和邇祭りのルーツらしい。

そういえば樹下、大宮、二ノ宮、十禅、山王さんの影がちらほら





樹下社の彫刻、写真上手く写っていませんが、かなり精巧に細工されていましたよ。















祭り本番は次回にアップします。


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2007年05月13日 Posted by吉祥 at 21:15 │Comments(0)TrackBack(0)祭り

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