草津の道標


旧草津川の下を商店街に通じる道路が通っています、トンネルになっていてマンポとよぶらしいです。旧草津川は天井川で川底をトンネルでくぐりぬけるのは全国的にみても珍しいそうです

ここには昔東海道と中山道との分岐点でありここに1816年に建てられた道標があります、最初の古絵図でも描かれています(赤矢印)

今年初詣に立木神社にお参りしてきました、そこにこの道標があり1680年に作られたものであり県内で最も古い道標です。

元は二枚目の写真に建てられていたものであるが、立木神社のほうに移されたとあります。

駅近くの覚善寺にも道標があり同じく右東海道左中仙道とあります、これは明治16年(?)年にマンポが完成し草津川越えをしなくてもいいようになり、分岐点がこちらに移ったためであるそうです。
いずれにしろそれほど古い話しではなく、子供の頃見た時代劇の映画のシーンを思わず浮かべてしまいました。
2008年01月06日 Posted by吉祥 at 09:13 │Comments(4)│TrackBack(0) │近江歴史回廊
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この記事へのコメント
吉祥さん今晩は!草津は東海道と中山道が分かれる所で、歴史的にも色々なエピソードがありますが、道標は旅人にとって大切なものですから昔の道標がどのようなものかは興味がありますね。吉祥さんも良く調べましたね。私も以前、これらの道標を見ているのですが、立木神社にある道標が、どうしてここに持ち込まれたか不思議に思っていました。旧草津川のトンネルは「マンボ」と言うのですか。知りませんでした。吉祥さんも良く勉強せれていますね。今後ともよろしくね。
Posted by 湖鳩庵 at 2008年01月07日 19:49
湖鳩庵さん今晩は、お正月いかがでしたか。
町内に鞭崎神社の分社があると見てびっくりしました。湖鳩庵さんのHP見ていつも感心しております。
栃木県人じゃなくてすっかり滋賀県人なんですね、溶け込みがすばらしくて私は無理です、どうも人と交わるのが苦手なもんですから、湖鳩庵さんはほんとすばらしいです。
今のところ行動半径は10キロほどで楽しんでいます、湖鳩庵さんみたいに県内一円に広げたいのですがいつのことになるやからです。
いつもコメント頂いて恐縮です、湖鳩庵さんとこの日記にも書きたいのですがどうすればいいですかね。
町内に鞭崎神社の分社があると見てびっくりしました。湖鳩庵さんのHP見ていつも感心しております。
栃木県人じゃなくてすっかり滋賀県人なんですね、溶け込みがすばらしくて私は無理です、どうも人と交わるのが苦手なもんですから、湖鳩庵さんはほんとすばらしいです。
今のところ行動半径は10キロほどで楽しんでいます、湖鳩庵さんみたいに県内一円に広げたいのですがいつのことになるやからです。
いつもコメント頂いて恐縮です、湖鳩庵さんとこの日記にも書きたいのですがどうすればいいですかね。
Posted by 吉祥
at 2008年01月07日 21:40
at 2008年01月07日 21:40吉祥さん、身に余るお言葉を頂き恐縮しています。私の行動範囲は滋賀県が主で、ついでの時に行くことを基本にしていますから、あまり行動的ではないのですが、常に頭に発信のことがありますので、効率的になっているかもしれません。吉祥さんの方が、ずっと行動的だと思っています。感性も鋭いですしね。ブログについては、吉祥さんのブログを楽しみに見させていただきます。
Posted by 湖鳩庵 at 2008年01月08日 11:02
湖鳩庵さんこんにちは。
湖鳩庵さんは滋賀県といっても全県ですからね、少しづつあと追って行きます。道標の件ですがあくまでも私の考察ですが、京都壬生村の行者さんが建てたものらしいですが、高さはありますが少し小さいのでもっと目立つ立派なものと考えたのではないでしょうか。
捨てるわけにもいかないので立木さんに持ってきたのではないでしょうかね。
湖鳩庵さんは滋賀県といっても全県ですからね、少しづつあと追って行きます。道標の件ですがあくまでも私の考察ですが、京都壬生村の行者さんが建てたものらしいですが、高さはありますが少し小さいのでもっと目立つ立派なものと考えたのではないでしょうか。
捨てるわけにもいかないので立木さんに持ってきたのではないでしょうかね。
Posted by 吉祥
at 2008年01月08日 12:46
at 2008年01月08日 12:46

