近江歴史回廊大学へ

昨日近江歴史回廊大學「中山道・朝鮮人街道」を受講するのに野洲中央文化会館に行ってきました。
1時限は県立安土城考古博物館の門脇正人先生による座学、2時限は野洲市歴史民俗博物館の行俊 勉先生引率により、駅前近くを通る朝鮮人街道を見て歩きました。
門脇正人先生は彦根東高等学校の教師時代にたまたま校内新聞の顧問になり、生徒とともに「消えた街道」と題して研究され文部大臣賞を初めに最優秀賞を幾度ともなく受賞されました。現在も彦根東高校は全国校内新聞コンテストでは優秀賞の常連で、27年間連続となっています。このとき生徒といっしょに新聞発表された朝鮮人街道が本を出版されないかとの問い合わせがあり、より確実な成果とするため連日街道を歩いて探索されたそうです。
従来から朝鮮人街道跡についてはそのルートは書かれていましたが、先生はやや間違った記述を発見特に能登川駅前付近は道が曲がりくねっており苦労をかさねたようです。「近江国神崎郡林村官地境界取調之図」で旧と新の朝鮮人街道が記述されており従来からの定説は大きなあやまりであり、のち「朝鮮人街道をゆく」門脇正人著サンライズ印刷出版、淡海文庫をだされ不明な点があった街道が確定しました。

朝鮮人街道は朝鮮通信史が国書を持って江戸へ行く時通った道であり、なぜ中山道を通らなかったのかは500人にも及ぶ使節団であり、食事の工面など考えるとこの街道の方が適しているとのことでした。
上の写真は野洲の小篠原、一部資料には行畑と書いているいるものもありますが、ここが朝鮮人街道のスタート地点で真っ直ぐな方が中山道で、左に折れるのが朝鮮人街道です。

近くの行事神社、円光寺にある重文の本堂、石塔も見て歩きました。
2008年03月16日 Posted by吉祥 at 09:38 │Comments(2)│TrackBack(0) │近江歴史回廊
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この記事へのコメント
先月ぐらいの午前を過ぎての放送で、寝ようかなと思いながらチョットテレビをつけたら、朝鮮の学生さんがオジイチャまの足跡を探して、滋賀県の朝鮮街道が写しだされていました。
当時は朝鮮の大使の一行が華々しく行列を作り、朝鮮の良いところ、日本の良いところの文化の交流があったみいで、寝ぼけまなこで見たが、もう1度見てみたいと思った番組でした。
オジイチャまの作品を見つけた少年が、「こんなに大事に扱われて・・・」ととても感動をしてたのを、思い出しました。
当時は朝鮮の大使の一行が華々しく行列を作り、朝鮮の良いところ、日本の良いところの文化の交流があったみいで、寝ぼけまなこで見たが、もう1度見てみたいと思った番組でした。
オジイチャまの作品を見つけた少年が、「こんなに大事に扱われて・・・」ととても感動をしてたのを、思い出しました。
Posted by ノンノン
at 2008年03月16日 21:48
at 2008年03月16日 21:48ノンノンさんへ
時々TVで私も見た記憶あります、それに高月町出身の雨森芳州が通信史とかかわっていて、今高月では日韓交流が盛んらしいです。
門脇先生の本読んでみたいと思いました。
時々TVで私も見た記憶あります、それに高月町出身の雨森芳州が通信史とかかわっていて、今高月では日韓交流が盛んらしいです。
門脇先生の本読んでみたいと思いました。
Posted by 吉祥
at 2008年03月17日 06:33
at 2008年03月17日 06:33

