歴史大学閉講式



土曜日に近江歴史回廊大学の終了式に行って来ました。
終了式は2時限の終了後におこなわれ、織田直文京都橘大学教授、主催者側に県文化振興事業団岸野理事長等の臨席のもと各クラス代表に第10回終了証書が手渡れました。最後に受講生を代表して各クラスの代表者が一年間で得たものそして今後の抱負が述べられました。

受講生の話はとりあえず置いておくとして、主催者側の話によると今回は10回目ということでこの歴史大学も10年たちました。人気が非常に高くて第一回目の募集時は120人の定員に対して、500人を越える応募があったようです。(私も一度入学をかなえることが出来なかった憂き目にあっています。)しかし10年続けてきて最近ではマンネリ傾向ではないかと考えており、今一度見直しの時期にきているのでないだろうかと話がありました。

それにもう一点大切なことは、この講座は歴史を学んで個人の資質を高める。これは否定もしませんし、結構なことですがただそれだけではちょっともったいない。毎年の応募要項にあるように歴史を学んで歴史をいかしてほしい、これが主催者側の実は想いなんです。ところがアンケート調査によるとここを卒業されて、どんな小さなことでもいいのですが、何か具体的に活動をされていますかの問いにやっていると答えた方が約3割の人にとどまっています。この数字が高いのか低いのか、私は「県民文化課 門脇課長の話」自ら歴史を学ぼうと気概をもって、ここに来られているみなさんの数字としては若干さびしい気が致しますとの話がありました。

私は応募要項にこのことが記載されているのは知っていますし、動機した理由を書くようになっていますからこの話は至極当然であると思っています。ところが実は私は7割の部類に入っています。「歴史を学んで歴史を活かす」。具体的にといわれるとあまりにも壮大すぎて何をやっていいか分からないのが現実でもあります。とりあえずブログで近江の歴史を情報発信するとしか今はいえないです。

今月、第11回近江歴史大学の募集の締め切りがありました。今年も定員オーバーとなったようで相変わらずの人気振りだそうです。私は2年続けて街道クラスで学びました。2年続けて入学できたことに感謝し講師の先生方にはお礼申し上げたい。今年は戦国コースを選ぶという選択肢もありましたが、上記の話を今一度考えて見たくて今年は断念しました。はたして自分に何ができるのか、足元をしっかりと見つめてみたいと考えております。

話が前後しますが、当初書きましたがこの講座も曲がり角にきているようです。昨今の財政緊縮の折からこの講座に対して、県民の方々から税金の無駄遣い的なご批判もあるようです。しかし私は出来ればこの講座は続けて欲しいと願っています。


  

2008年09月08日 Posted by 吉祥 at 10:36Comments(10)TrackBack(0)近江歴史回廊

エコクッキング

  
今日は朝から草津講座に行ってきました。エコクッキング料理教室だって、料理教室はなんて言ったって初めての経験、エプロンなんてないしまずエプロン調達から。

レシピは
〔貝柱とコーンの御飯〕
〔きのこと大根のカレー煮〕
〔豆腐みたらし団子〕
〔彩り生春巻き〕
以上の4品、私のブログを見る限りそして図体をみると、料理なんて無理だと思われるかも知れませんが、やれば私だって案外できるんですよ。今日は一丁やったろかいと言うことでその気になりました。生春巻きでは、きゅうり、パプリカ、長いもの短冊切りの担当に、隣の女性からお世辞が多分に入っているとは言え、お上手ですねだって。いつも家でやっておられるのですか、やるわけないでしょう。




料理ができあがり後みなさんでいただきました。全8回のこの講座料理教室は今回の一回切りということで助かりました。やはりどう考えても今回の内容は私には向かないです。  

2008年09月07日 Posted by 吉祥 at 14:50Comments(36)TrackBack(0)土曜講座

飛び出し坊や

  
新聞記事からであるが、みうらじゅんさんによると滋賀県はこの「飛び出し坊や」が異様に多いそうだ。そもそも近畿地方にはよく見かけるが、全国的にも滋賀ほど多いところはないと言う。みうらさん曰くには滋賀には琵琶湖があるからだと断言する。

湖に行こうと子供たちが夢中で駆け出して道路に飛び出してしまう、というのがみうら説だそうだ。そうかなあーとは私は思うのだが、それはいいとしてこの飛び出し君いつごろから流行りだしのであろうか。今ではどこかで買ってきたもの、プロ顔負けの芸術作。ほほえましい飛び出し君も見る。

いづれにしろ交通事故だけは無くしたいものだ。
  

2008年09月04日 Posted by 吉祥 at 07:09Comments(12)TrackBack(1)

御霊神社




瀬田の御霊神社は壬申の乱で敗れ、この地で自ら命を絶たれた大友皇子の霊を慰めるために創建されたと言い伝えられている。壬申の乱は天智天皇の崩御のあと、太子大友皇子と天智天皇の弟大海人皇子が反旗をひるがえしたものである。敗れた大友皇子は即位されていないと見られていたが、明治3年に弘文天皇として追号されており、その御陵は皇子山にある。

写真には撮らなかったがかえる股には、菊の御紋が彫刻されており天皇ゆかりの神社であることがわかる。

  
膳所城門を移築したらしい。由緒書きがあったが墨書で消えかかっており読めなかった。高麗門の特徴で膳所城門だとは分かるのだが棟も低く、どうやらかなり改造されているのか文化財としての指定はないようである。

境内の裏山は大木が生い茂っており、古墳にも見えるが詳しく分からない。入っていけそうだが少し不気味、岩間寺のことがあるので断念した。
  

2008年09月02日 Posted by 吉祥 at 11:34Comments(2)TrackBack(0)近江歴史回廊

社の中に社

 
草津市長束町にある春日神社。檜皮葺の一間流社造りだがみると社の廻りを瓦葺きの建物でおおっている。社が老朽化したため修理せずに社全体をおおったものだと一見してわかる。屋根からの雨漏りがひどくなってきたので窮余の策であったのであろうか。

村社を維持管理してゆく難しさが分かりますがこんなのは初めてみました。




ところで長束町は長束正家の出身地でも知られる。長束正家は秀吉時代の五奉行の一人で、今で言うなら事務方として力量を発揮。のちに水口城主となったが関が原の戦いのおり西軍側に見方した。刺客に追われて日野で自刃した。

現在長束町には正家ゆかりのものは何も残っていないそうであるが、この春日神社南側に隣接する田んぼは、元大蔵屋敷跡と言い伝えられているそうである。



  

2008年08月31日 Posted by 吉祥 at 07:50Comments(4)TrackBack(0)近江歴史回廊

山並みが美しい

  
先ほどのニュースでも愛知の岡崎と、東京の八王子は土砂降りの雨で被害が甚大らしい。被災者の皆さんには心からお見舞い申し上げたい。買って一年の自宅が雨に流されるとは、何と言っていいか気の毒で言葉にならないです。

自分がこの立場になったらどうするか?。考えることすらできない。たまたま滋賀県は災害は少ないのですが、これとてなんの保障もない。普段から防災にもっと感心をもたないと。

比叡の山が雨上がりで緑がすばらしく綺麗で、近くを通ったものでとりあえずカメラに収めました。
  

2008年08月29日 Posted by 吉祥 at 20:13Comments(4)TrackBack(0)

草津川跡地



旧草津川の桜並み付近で工事が始まっている。河床を重機が入っているが何ができるのか、一時市広報には草津川跡地問題がよく掲載されていたが最近見なくなってしまった。四つのゾーンに分けて一部は道路になるようなことが書いてあって、しかも今にも工事が始まるようなイメージを持ってしまった。

どうやら結論は先送りになったようであるが、毎年のことであるが既に土手近くまで住宅地となったところの雑草はなんとかならないのかと思っている。
  

2008年08月28日 Posted by 吉祥 at 21:13Comments(0)TrackBack(0)

1分30秒




今年に出来た旧草津川沿いにある交差点だが、東西方向の信号待ち時間がとりわけ長く感じる。栗東方面から近江大橋へ流れる車はすいすいと走っているが、東向き、西向きは信号待ちを覚悟しなければならない。

そのうえたまに右折する車があると、直進の車を待つから下手すると信号待ちを2回することになる。ここは今のところそれ程通行量も多くなく、いつも反対方向の車を恨めしそうに見送っている。先日若者のバイクが信号無視で左折して行ったのには驚いた。

今日も前から10番目ぐらいで信号待ちしていたが、運悪く右折車があって一度で渡れなかった。この信号は次の信号変わるまで何分待つのか測ってみた。多分2分以上は待っていると思っていたが意外だった。「1分30秒」あれ!!思っていたより短い。北島選手が200m泳ぐより断然早い。自分の時間間隔が狂っているのかも知れない。しかし今日は2回待ちしたから3分待った。3分はやっぱし長かったワー。

  

2008年08月28日 Posted by 吉祥 at 11:30Comments(0)TrackBack(0)

ハイビが蘇った

  
毎年花を咲かせてくれるハイビスカス。ところが今年の冬油断から凍死寸前になりました。葉は全部落ちるし小枝のほうは枯れてしまって再生は諦めていました。ダメモトで一応春から水をやっていると新芽が出だしようやく今日、今年の一番花が咲きました。

しかし葉の数は例年に比べると心細いです。かなり樹勢が弱っていて今年冬越しができるか心配です。
  

2008年08月26日 Posted by 吉祥 at 11:36Comments(11)TrackBack(0)

歴史大学を聴講する。


近江歴史回廊大学「近江万葉実践クラス」の成果発表があるということで滋賀会館に行ってきました。今年初めての試みということで一年間の成果発表であります。私はこのクラスではないのですが、先月他クラスの方も聴講できますと、協議会の方から案内をもらっておりました。先月では来年も入学を希望するか迷っていた時期でもあり聴講希望をしたものですから、欠席するのも失礼だとは思い出かけた次第です。

発表内容は近江万葉歌と歌われた現地を実地見聞するという内容であります。万葉歌集については私はよく知らないのですが、700~800年頃に歌われた歌集で短歌、長歌が多いそうで。天皇、貴族はもとよりさまざまの人が詠んでおられ、その数4500編とも言われています。

4つの班にグループ分けされていて、それぞれリーダー、サブリーダー、現地調査等役割分担されていて、説明はリーダーの方が発表されていました。流行のパワーポイントを使ったグループもあり、短期間での労作に私は感心しきりでした。

一年と言っても僅か14回ほどの講義と、何よりも見ず知らずの方との共同発表ですから苦労されたのはないかと感じました。グループよってはメンバーが何度も現地調査に出かけたところもあるようです。講評が終わり早速グループごとに打ち上げの話が持ち上がっていました。

ところで滋賀咲くで五感生活を学生とともに、開設しておられる県立大学の近藤隆二郎先生が講師及び講評者として見えられていました。
  

2008年08月25日 Posted by 吉祥 at 10:34Comments(2)TrackBack(0)

ペレット種子


毎年人参は失敗続きである。人参は発芽が難しい発芽さえしてくれば後は楽なのであるが。それに種が小さくて撒きづらい。
今年はお店の方の勧めもあってペレット種子にした。ペレットとは小さな種をコーティングして撒きやすくしている。これだと一粒が大きくて扱いやすい。

とにかく発芽まで水を切らさないことことだがはたしてどうなるか。  

2008年08月24日 Posted by 吉祥 at 20:36Comments(0)TrackBack(0)根菜類

今日はお地蔵さん




今日は地蔵祭り。
大津に行く道中、JRの電車からもいくつもテントが見えました。この地蔵祭京都から始まったとか聞きます。地蔵菩薩であるけれど近江の石仏はほとんどが阿弥陀さんだとか。。。

大津からの帰り商店街を歩いてみました。商店街の皆さんの創意工夫の造り物コンクール、今では草津のイベントらしいです。この造り物コンクール例の時代祭より早くからあるのではないでしょうか。

   
  

2008年08月23日 Posted by 吉祥 at 20:06Comments(2)TrackBack(0)

長安寺の石塔




大津日赤病院脇にある大きな欅の木から、京都よりに歩くと京阪電車の上栄町駅が見える。駅横の小路を京都よりに歩くと踏切に出合う。踏切を渡らず右にとると階段があり、のぼりつめると巨大な宝塔が見える。

この宝塔「牛塔」と呼ばれ国指定の重要文化財である。高さが3.3mもあり花崗岩の塔である。製作年代ははっきりとはしていないようであるが鎌倉時代のものという。おそらく我が国最古の宝塔らしい。

昔逢坂に関寺という大寺院があったが幾度か戦乱の巷に巻かれてしまった。比叡山の恵心僧都が関寺を再興するとき、一頭のおきな牛が現れ材料運搬に大層役立った。不思議なことにこの牛運搬を終えると本尊の周りを回った。のちに領主がこの牛を借りようとしたら、夢のお告げで「我は釈迦の弟子であり化身で寺の用以外に使うべきでないとのお告げがあった。のちのちこの牛はこの寺で死んでしまったためこの牛を供養してまつられたのがこの牛塔であるという。

しかしこのとてつもなく大きな石塔をどうやってここに運んだのか謎は尽きない。

     


小野小町の供養塔がここにありました。小野小町は晩年こちらで住んだとの言い伝えがある。

坂本にある千体地蔵の一部をこちらに移したとありました。

石塔の近くにあった「獣魂碑」。
  

2008年08月20日 Posted by 吉祥 at 12:24Comments(6)TrackBack(0)近江歴史回廊

種あげます




この写真の鹿ケ谷かぼちゃの種さしあげます。メールにて連絡くだされば郵送しますが発送は9月になります。

形のよい鹿ケ谷を作るのは結構難しいようですが、一度やってみてはいかがですか。面白い形のかぼちゃができますよ、ただしあまり美味しくないようです。

一応10人までとします。毎年発芽率は80パーセントはありますが、保証はできませんので多めに送ります。種の撒きどきは来年の5月ゴールデンウィークの頃です。
  

2008年08月19日 Posted by 吉祥 at 16:54Comments(0)TrackBack(0)鹿ケ谷かぼちゃ

近松寺

  
大津日赤病院の西側にある急な石段を上り詰めると、そこに近江西国33所札所第4番「近松寺」がある。江戸時代には近松門左衛門もこの地で3年間過ごしたという。近松は近松寺から拝借したかは定かでないらしい。近松寺の本尊は千手観世音菩薩で秘仏である。開山は平安時代に安然大徳が三井寺の三別所の一つとして開いたものである。

この安然大徳は涅槃経を訳したとされる。つまり涅槃経の真理を表音文字で表したもの、それがいろは48文字である。

1 諸行無常
  (色は匂へど、散りぬるを)
いろはにほへとちりぬるを

2 是正滅法
  (我が世、誰ぞ常ならむ)
わかよたれそつねならむ

3 生滅滅己
  (有為の奥山、今日越えて)
うゐのおくやまけふこえて

4 寂滅為楽
  (浅き夢見し酔ひもせず)
あさきゆめみしゑひもせす



当日本堂の扉が開いており、くつを脱いでおあがりくださいと書いていたので、中に入って参らせてもらって出ようとしたら若奥様らしき方とばったり。もう少しで衝突しそうでした。軽く会釈して靴を履きかけると、善光寺さんの方も参っていただけましたかとのこと。今日から一年に一度善光寺如来さんが御開帳されています、ぜひ参ってくださいと声をかけて頂きました。

私は別棟だと思い靴を履きかけたのですが、廊下でこの近松寺と隣の善光寺は繋がっていました。若奥様の案内でおそるおそる廊下を渡りました。若奥様が座られたので私も正座で座りました。

このお寺の由来のパンフレットを頂きました。そちらが本堂で近松寺と書きますが「ごんしょうじ」といいます。そしてここは善光寺で長野県の善光寺の分身を祀っています。ここは三井寺の末寺で観音さんが本尊で秘仏で「高観音」と一般的には呼ばれています、、、、、他にも色々とお話を伺いました。

参拝者は私一人で対面で説明を受けました正直感激しました。そして内陣の中に入れていただき目の前で一年に一度の開帳の阿弥陀如来を拝観し、近江西国33所観音霊場の話とか世間話をしていました。たまたま何か用事で本堂にこられたと思いますが、お忙しいなか説明までしていただきありがとうございました。




豆の粉地蔵さんも参って気をつけてお帰りくださいの声に深々とお礼して本堂を後にしました。外にでると大津市内の見晴らしが素晴らしく、観音さんの慈悲も頂いた気分になりました。
  
続きを読む

2008年08月18日 Posted by 吉祥 at 14:46Comments(10)TrackBack(0)近江西国33箇所

犬塚のケヤキ

  

大津日赤病院の表玄関前に大きなケヤキの大木がある。市指定の天然記念物のこの老木にこんな逸話が残っている。

本願寺派蓮如上人は他宗からの難を避けて、この近くに寺を建てて布教に努めていた。上人の人気は増すばかりで信者の数も増えるばかりであった。この様子をこころよく思わなかった他宗の人が悪意を企てた。

ある日上人がいつも可愛がっている犬が、いつも外で遊ぶのにこの日は外に行かなかった。そして上人が食事をしょうとしたらお膳をひっくりかえして、犬が食べてしまった。しばらくして犬はもんどり返って死んでしまった。上人は自分の身代わりになった愛犬を念仏を唱えて、手厚く葬った。

この話を聞いた信者はこの犬の孝徳を偲んで欅の木を植えたと伝えられている。
  

2008年08月18日 Posted by 吉祥 at 10:17Comments(6)TrackBack(0)

番頭はんと丁稚どん





長等の近松寺に行くのに菱屋町を歩いていきました。シャッターが下ろされている店が多くて寂しいかぎりでした。昭和30年代は県下有数の商店街で、私も当時、なんとにぎやかな街だろうと思っていました。大津日赤の前を通る北国海道を北へ向かい、突き当たりの角の家が花登筐の生家。子供の頃「番頭はんと丁稚どん」でずいぶん楽しませていただきました。
  

2008年08月16日 Posted by 吉祥 at 15:59Comments(10)TrackBack(0)

レスリング柔道

毎日オリンピック中継に釘づけです。昨夜は野球がかって一安心しました。
柔道の鈴木選手は残念というか、声にもならなかったです。

負けたから言うのではありませんが、今回のオリンピックの柔道競技を見て
いると柔道というより、異質の競技に見えます。
やたらと〔もろ手刈り〕が多い、まるでレスリングの選手が柔道衣を着て戦っ
ているように思える。

柔道はお互い組み合って技を出し合うスポーツなのに、離れていきなり
タックルにいって相手の足を狙いにいくようでは柔道とは言えないのでは
ないだろうか。

そもそも柔道が柔道でなくなったのは、ポイント制になってしまったこと。
もっと言えば柔道がオリンピック種目になってしまったからだと思う。
これは言いすぎだろうか。  

2008年08月15日 Posted by 吉祥 at 08:26Comments(14)TrackBack(0)

ツバメのねぐら




  
先日野鳥の会の方に聞いた話から。
ツバメは春先に民家の軒下とかに巣をつくります。そして子育てが終わりヒナが巣立つと親鳥は集団でネグラを形成します。県内では数箇所そのネグラがあり、湖南では烏丸半島近くの赤野井湾で確認されています。

8月初旬比叡の山に西日が落ちる頃、数万匹のツバメがネグラを求めて舞降りてきます。

今日蓮の花の群生地近くを通ったおり、赤野井パーキングによりました。比叡と比良に夕日が落ちる頃果たしてツバメは見えるのだろうか、しばらくいていましたが10数羽で飛ぶ小鳥は見ましたが燕の軍団は見えなかったです。

場所が違うのか、時間がもっと暗くなってから舞い降りるのか。一度みてみたいものです、とにかく感激するそうです。

  

2008年08月13日 Posted by 吉祥 at 20:48Comments(4)TrackBack(0)

岩間寺へ




暑い日が続いていて、お寺でも行けば少しは涼しさが感じることが出来るかと思い、岩間寺に行って来ました。岩間寺は岩間山中(445m)にあります。西国33箇所の札所でもあります、本尊は千手観世音菩薩で秘仏のため見ることはできません。
「汗かき観音」「雷除観音」「厄除観音」とも呼ばれているとか。
 
俳句のことは全く知識をもちあわせていない私も、この句だけは知っています。「古池や 蛙とびこむ 水の音」この句はここで生まれたとか、発祥の地と書いていました。


境内には桂の木の大樹群があり、なかでもこの「長寿桂」は大きさ、美しさともに圧巻です。

〔白姫竜神〕
開祖泰澄大師が白山で修行中、白馬に乗った美しい女性にあわれて、白姫竜神を感得されました。この石には竜神さんが奉っているらしいです。説明書きにこうありました。女人が拝むと絶世の美人になると伝わる。

この横の道を下っていくと雷神爪堀の湧泉があり、全国からこの霊水を求める人々が絶えないと書いてありました。私もこの名水を呑みたくて道を下がっていくと、おやおや木の枝が落ちている。と思いきや枝が動いたギャハー1mほど飛びあがった。私はこのニョロニョロと動くのが大の苦手、もう名水どころではない早々と退散しました。お陰さんで冷や汗がどっとでて涼しくなりました?????。  
続きを読む

2008年08月11日 Posted by 吉祥 at 17:04Comments(8)TrackBack(0)