渡辺守順先生

昨年図書館である本を借りました。「比叡山延暦寺」渡辺守順著吉川弘文堂発行です、比叡山入門書と言えるこの本はややもすると難解な仏教本と違い非常に解りやすく、手元に置いておきたくて同名の本を探しに本屋さんに行きました。しかし本屋さんの棚にはこの本ありませんでした。
なんとか予約注文で手に入れました著者は大正大学卒業ののち、叡山学院の教授、四天王寺国際仏教大学の教授を歴任されました。

ところで昨日近江歴史回廊大学に行ってきました。講義内容は八風街道と御代参街道の歴史的役割でした。一時限は座学で二時限は現地研修と言うことで八日市市内を現地観光ボランティアガイドさんの案内で歩きました。特に写真の右側の薬師寺では観光ボランティアガイドさんが住職さんとお知り合いということで、事前に連絡を取ってくださり生徒が本堂にあげてもらって生に住職さんのお話を聞かせていただきました。
現地研修の出発前に観光ボランティアガイドさんから、天台宗の有名なお坊さんが直に話しをしていただきますとは聞いていましたが、お坊さんというか学校の先生風の口調で、ところどころ冗談も入れた話術に聞きほれてしまいました。
全てを書き綴ることはできませんが面白かったのは、この薬師寺のご本尊は延暦寺と同じく薬師如来です。このご本尊は室町時代の作で現在八日市市の指定文化財となっていますが、明治時代に盗難にあったそうです。元来あった如来さんはほぼ等身の仏像で昨日見ましたが今あるのは30センチほどの小さな薬師如来でした。
しかしそれでも市の指定文化財ですから、元あった薬師如来さんは国宝級かと思いきや。住職さんの話しを引用して、昔盗難にあって仏像が盗られました。しかし昔の盗人はまだ良心があったんどすなあー、大きな仏像を持っていった代わりにこの小さな如来さんを置いていきよった。ところが置いていきよったほうがいいもんです。前あったのは江戸時代の作でこっちは室町の作です。あとで聞いて泥棒がしもうたと思うたやろうねの話は一同笑いでした。この話し本当の話なんでしょうか、まさか住職さんが造り話しをするとは思いませんが。
このあと堂内をみせて頂きましたが私設の資料館があるのですが、全員入れないと言う事で二班に分かれて説明をうけましたが私はあとの班で、時間もさしせまっていると言うことで詳しい説明が聞けなくて残念でした。ところがこの資料館(小さな和室です)で何通かの手紙、葉書が置いていました。なんやろう渡辺守順様とかいている知ってる本の著者やわーどうしてここにあるのか?。
予定の時間もすでに超過しており、全員住職さんにお礼を述べて退却となりましたが、私はあの手紙が気になり観光ボランティアガイドさんに住職さんのお名前を聞きましたら、渡辺守順さんです。エッ道理でもっと詳しく色々と聞きたかったです、いつでもまたきて下さいよの言葉を鵜呑みにしてもう一度訪れてみたいお寺さんです。
タグ :歴史
2008年06月15日 Posted by 吉祥 at 16:56 │Comments(2) │TrackBack(0) │比叡山
山王祭がはじまります。

今日の天気予報によると強風が吹き荒れ午後から雪模様だそうである、今年は雪の多い年で夜から寒さも一段と厳しくなるそうです。風邪予防に先日の甘露煮のお湯割りでも飲んでおこうかと思います。
ところで来月2日には山王祭の御輿上神事が行われます、この祭りは例年4月12,13,14日とおこなわれるが実際は一ヶ月前からすでに始まっているようであります。日吉上七社の中の牛尾宮(男性の神様)と三宮宮(女性の神様)が御輿に乗って八王子山奥宮まで渡御されます、ここで神様どうしがお見合いされ4月12日山から降りて結婚されると言うストーリらしいです。
湖西地方にはこの日吉神社の影響を数多く受けており、湖西地方の祭り及び八所神社などにもそのかかわりが見受けられます。
湖国に春を呼ぶ祭りに一度足を運んでみようと思っています、天気が心配ですが晴れること祈っています。
2008年02月27日 Posted by 吉祥 at 09:52 │Comments(4) │TrackBack(0) │比叡山
西教寺の紅葉

坂本へ紅葉狩りに行って来ました。日吉神社へ行くつもりでしたが大宮川の駐車場が満車で空き待ちの車で行列が出来ていました。これではいつのことになるやらで諦めて西教寺に回りました、多分こちらも駐車場満杯ではなかろうかと思いましたが、上の駐車場が空いていました。ちょうどいい紅葉で緑、黄色、朱色、赤、深紅と見事でした。
このお寺天台真盛宗で実家の菩提寺の本山です、考えようでこちらにしてよかった。



タグ :紅葉
2007年11月26日 Posted by 吉祥 at 07:08 │Comments(16) │TrackBack(0) │比叡山
日吉さんはやがて紅葉です

今日は風が強かったですね。
まだ紅葉に少し早いと思いつつ日吉神社に行ってきました。

一部では紅葉もみられますがまだまだでした。観光客は結構みえられていてシャッター役にたのまれました。
おやすい御用ですからいくらでもです。どちらから見えられたのですか、へぇー遠くからご苦労様です。

来週の週末がみどころだと思います、来週行けるかなあー。
2007年11月18日 Posted by 吉祥 at 20:05 │Comments(8) │TrackBack(0) │比叡山
飯室谷不動堂


飯室不動堂に行ってきましたここは先日星野圓道師が堂入りされた不動堂ではないです、無動寺谷はケーブル山上駅から15分ほど山を下ったところにありますが、こちらは京阪坂本駅から車で15分ほどのところにあります。ただし途中道路巾が狭くて対向車が来るとすれ違いに難儀すると思います。
私は当日単車で行きましたこれだとすれ違い気にしなくていいですから、ところが飯室不動に着きましたが誰一人としてお参りされている方はおられませんでした。ここには例の酒井雄哉大阿闍梨さんがおられる筈ですが姿は見えなかったです。
回峰行には3流派があって東塔無動寺谷の玉泉坊流、西塔正教坊の石泉坊流、そしてここ横川飯室谷の恵光坊流とあるらしいですが、石泉坊流は今は途絶えてないらしいです。無動寺と飯室では回峰行も歩くコースが全く違うらしいですが堂入りは無動寺谷で行うと言うことはやはりあちらの方が本流なのでしょうか。
先日の星野師は玉泉坊流です。

松禅院前の小道ですが穴太衆の石積みが見事で石に苔がびっしり、静かで落ち着いたすばらしいところでしたただ少し不気味でした。もみじが色づいてきたら信者さんも来られるのではと思いますがね。
2007年10月29日 Posted by 吉祥 at 13:00 │Comments(6) │TrackBack(0) │比叡山
星野圓道さん出堂

今朝のニュースで見たのですが千日回峰中の星野圓道さんが、回峰中最難関の9日間の堂入りを無事終えられたそうです。ただ一言無事でよかったです。千日回峰については春秋社発行光永覚道阿闍梨著の「千日回峰行」に詳しく載っています。
2007年10月21日 Posted by 吉祥 at 12:30 │Comments(11) │TrackBack(0) │比叡山
無動寺谷にも雨

(草津からでも無動寺谷明王堂は見えます、ただし米粒以下ですが比叡山の中腹に白く見えるのがそうです)
大乗院住職星野圓道さんが明王堂にこもって今日で7日目、出堂は21日のAM2:00だそうです。光永覚道大阿闍梨によると断食により口の中がどうしても渇いてしまうので、雨が降ると随分楽になりますと本のなかで話しておられます。
今日は一日雨のようです、雨だと閼伽井までの取水が楽しくなるなんて書いておられますが、人間の常道を外れたお話だと思います。何はともあれ雨はいやですがこの雨は前述の理由により歓迎です。
今日含めて二日と二時間頑張っていただきたいです。
なうまく・さあまんだ・ばあざらだん・せんだ・まかろしゃだ・そわたや・うんたら・たあかんまん・
2007年10月19日 Posted by 吉祥 at 12:53 │Comments(0) │TrackBack(0) │比叡山
昨日堂入り

天台宗の荒行「千日回峰行」に挑戦中の星野圓道さん(延暦寺大乗院住職)が昨日比叡山の無動寺谷・明王堂で、「堂入り」の行に入られました。千日回峰行で最大の難関とされ、断食、断水、不眠、不臥で9日間こもられます。
堂入りは、千日回峰行の700日を終えた行者が不動真言を10万回唱え、本尊の不動明王と一体となることを目指し。毎日午前2時ごろに近くの閼伽(あか)井にお供えの水をくみに行くが、それ以外は堂にこもり。5日目から水で口をすすぐことだけが許されます。それはまさに生死をかけて挑むことから「生き葬式」とも呼ばれます。
無事堂入りを終え来年京都大回りの難関ご再来年に満行となります。
凡人にはこれしか言えませんが、無事北嶺大行満大阿闍梨星野圓道師となられることを祈るのみです。
2007年10月14日 Posted by 吉祥 at 00:48 │Comments(2) │TrackBack(0) │比叡山
観照山真光寺

今日は里の菩提寺にお墓参りに行ってきました。
暑かったですね住職さんに一言二言ご挨拶、ご本尊の阿弥陀さんに普段の不浄のお許しとご先祖様の感謝をお祈りしてきました。

ジージージー家ではうっとおしく感じるセミの声もここではなんとも言えない、哀愁となって響いてきますジージージー、いい鳴き声ですね。
2007年08月12日 Posted by 吉祥 at 20:45 │Comments(2) │TrackBack(0) │比叡山
祇園放生会
滋賀ではなく京都の情報なんですが、先日京都白川に住む友人から6月3日比叡山から阿闍梨さんが、祇園のほうに来られるから来てみてはと連絡を受けました。
色々と話したいことお互いあるものですから早目に行く旨連絡しました。阿闍梨さんが何のために祇園に行かれるのか?すこーし不思議な気もしたのですが。
聞けば5月25日(土)の京都新聞に載っているとのことです。
京都新聞からの抜粋です。
6月3日午前11からは辰巳大明神前の巽橋で、比叡山明王堂大阿闍梨の読経により、恒例の「祇園放生会」が営まれる。近くにある御旅所はかつての「井筒屋」で、幕末の長州藩士高杉晋作が芸妓小梨花と遊んだと伝わる、、、、、、、、、
ということで祇園放生会のサイト見てみると毎年6月におこなわれているそうである。要するに生き物の供養らしくて、以前は舞妓さんと阿闍梨さん手によって鯉の稚魚を放流されていたが、今は鯉ヘルペス騒動により金魚が白川に放流されるとの事です。
大勢の方で賑わうそうです、まだみたことないものですから詳しい説明できなくて申し訳ないですが、みなさん、舞妓さんと阿闍梨さんに出会いに行かれてはどうかと記事にさせていただきました。
参考に辰巳大明神の地図貼り付けておきますから参考にしてください。
色々と話したいことお互いあるものですから早目に行く旨連絡しました。阿闍梨さんが何のために祇園に行かれるのか?すこーし不思議な気もしたのですが。
聞けば5月25日(土)の京都新聞に載っているとのことです。
京都新聞からの抜粋です。
6月3日午前11からは辰巳大明神前の巽橋で、比叡山明王堂大阿闍梨の読経により、恒例の「祇園放生会」が営まれる。近くにある御旅所はかつての「井筒屋」で、幕末の長州藩士高杉晋作が芸妓小梨花と遊んだと伝わる、、、、、、、、、
ということで祇園放生会のサイト見てみると毎年6月におこなわれているそうである。要するに生き物の供養らしくて、以前は舞妓さんと阿闍梨さん手によって鯉の稚魚を放流されていたが、今は鯉ヘルペス騒動により金魚が白川に放流されるとの事です。
大勢の方で賑わうそうです、まだみたことないものですから詳しい説明できなくて申し訳ないですが、みなさん、舞妓さんと阿闍梨さんに出会いに行かれてはどうかと記事にさせていただきました。
参考に辰巳大明神の地図貼り付けておきますから参考にしてください。
2007年05月27日 Posted by 吉祥 at 15:30 │Comments(4) │TrackBack(0) │比叡山
無動寺谷

閼伽井
千日回峰行者が700日(5年目)に達すると、当日の昼より九日間明王寺に参籠されます、この間断食、不眠、不休、不臥で人間の三欲を断ち切ります。ただ一日一度午前二時に本尊不動明王にお供えする水を汲みにここ閼伽井まで水を汲みにきます。このとき以外は一切外に出ることはできません。

弁才天堂
相応和尚(千日回峰をはじめられた和尚)が回峰修行中に、外護した白蛇弁才天があらわれた言い伝えによるものです。

お寺の中に鳥居がたっていて境内はいるとなんともいえない感じです。


無動寺谷明王堂、本尊は不動明王です。中で護摩木に願い事託してきました。
2007年05月05日 Posted by 吉祥 at 07:48 │Comments(0) │TrackBack(0) │比叡山
西塔まで歩く

前回は東塔をお参りしたので今回は直接東塔~西塔まで歩きました。但し根本中堂だけは入りましたが、東塔~西塔まで一キロ前後でしょうか西塔付近にも駐車場があって、車で行かれる方もおられるようですが東塔に車留めてゆっくりと歩くのもいいと思いました。
比叡随一の泉弁慶水とありましたが、鍵がかかっていて水を汲むことは出来なかったです。武蔵坊弁慶はこの近くにある山王院参篭の途中ここで水を汲んだところからこの名がついたとか。

法華鎮護山王院堂
智証大師円珍の住坊、千手観世音菩薩が本尊であるため千手堂とも言います。

この坂を下ると浄土院で、伝教大師最澄の御廟所です。
比叡山には三つの苦しい修行があります、これを三大地獄といって、ここ浄土院の掃除地獄,横川四季講堂の看経地獄、無動寺の回峰地獄です、またここでは12年籠山行をおこなう侍真がおり、最澄の真影に仕え御膳を供え、下がりをいただき五体投地の礼拝をし院内をつねに掃除して清浄を保つその他の時間は仏教全体の勉強をするそして12間はなにがあっても山を降りることは許されません。

浄土院前庭から写す。
なかに入ってみてすぐわかることですが、話には聞いていたが枯れ葉一枚もあってはならぬ、草一本もあってはならぬ徹底して掃除に明け暮れる。この広い境内回りには多くの木々がある中でこの日確かに葉っぱは落ちていませんでした。ここは比叡山の聖域で静かにお参りしてくださいとのことです。本堂には入れません。

椿堂千手観音をまつっています。聖徳太子が比叡山をお参りした時杖にしていた椿の枝をさしておいたところ、そこから根づいてあたり一面広がつたとされています。

向かって左が常行堂、本尊は阿弥陀如来で常行三昧の道場。右側が法華堂、本尊は普賢菩薩で常座三昧の修行道場であります。この二つのお堂は真ん中で渡り廊下でつながっており、又の名をにない堂とも言います。力持ちの弁慶が渡り廊下を天秤棒にして担ぎあげた伝説からこの名がついたらしいです。

釈迦堂正しくは転法輪堂といいます、信長の焼き討ちにより消滅したため豊臣秀吉が三井寺にあった弥勒堂を強制的にこちらに移築したもので、よって比叡山では最古の建築物であります。本尊は釈迦如来立像です。
2007年05月04日 Posted by 吉祥 at 17:03 │Comments(6) │TrackBack(0) │比叡山
マムシ草

本坂から東塔~西塔~東塔までは予定通りでしたが無動寺に行く途中で雷雨が、雹まで降りました。
ちよぅどケーブル山上駅付近だった為駅で雨宿り。無動寺坂を降りるのは断念してケーブルで帰ることにしました。でも正解だったかも。
ところでこの写真本坂途中で見ました。マムシ草でよいんでしょうか、かなり不気味ですが山野草の趣もあって、しげしげと見ていました。
道中結構ありました。



本しゃくなげが満開でした。
2007年05月03日 Posted by 吉祥 at 20:33 │Comments(2) │TrackBack(0) │比叡山
比叡山に登ってきます。
今日は天気もよさそうだし、比叡山に登ってこようと考えています。今日はやはり本坂から登って東塔[根本中堂]~西塔~無堂寺。ここでまだ余裕があるようであれば、無道寺坂をおりて坂本へ、無道寺でいっぱいになったら戻ってケーブルで降りてきます。では行ってきます。
よび電池も入れたことだし、デジカメで写真またアップすることにします。
よび電池も入れたことだし、デジカメで写真またアップすることにします。
2007年05月03日 Posted by 吉祥 at 08:43 │Comments(2) │TrackBack(0) │比叡山
山王祭
今日山王祭神輿神幸に行って来ました。日吉鳥居をくぐると露天のお店がズラーリお祭りの雰囲気むんむんデス、これこれと写真をところがデジカメのレンズが出てきません。何電池が不足しています。
ハチゃー予備ももって来てないし、本当泣きそうになりました。
求法寺手前で見ていました4社が担いでおりましたが、3社は車での移動でした。このあと七本柳まで行きました。ここで神輿を運んできたにお話することに、今の神輿は昔の神輿に比べて軽い(本物は国指定の重文)山上げ、おろし、神輿の結婚式、今の若いもん、地域の伝統、神事、、、、、私と同世代だと思いますが話していただきました。言葉の節々から祭りに熱く燃えておられるのが言葉いいつくせない程伝わってきました。
この山王祭見るの二度目ですが前回はなんと50数年前、親父とおふくろにつれもらいました。でもなに一つ覚えていないです、なにぶん5、6才の頃ですから、行きは叡山でおりて帰りは滋賀駅から乗った(もちろん江若鉄道)のだけ覚えています。
今日写真取れなかったこと、きっと来年もう一度きなさいと言う事でしょうね。
ハチゃー予備ももって来てないし、本当泣きそうになりました。
求法寺手前で見ていました4社が担いでおりましたが、3社は車での移動でした。このあと七本柳まで行きました。ここで神輿を運んできたにお話することに、今の神輿は昔の神輿に比べて軽い(本物は国指定の重文)山上げ、おろし、神輿の結婚式、今の若いもん、地域の伝統、神事、、、、、私と同世代だと思いますが話していただきました。言葉の節々から祭りに熱く燃えておられるのが言葉いいつくせない程伝わってきました。
この山王祭見るの二度目ですが前回はなんと50数年前、親父とおふくろにつれもらいました。でもなに一つ覚えていないです、なにぶん5、6才の頃ですから、行きは叡山でおりて帰りは滋賀駅から乗った(もちろん江若鉄道)のだけ覚えています。
今日写真取れなかったこと、きっと来年もう一度きなさいと言う事でしょうね。
2007年04月14日 Posted by 吉祥 at 20:26 │Comments(8) │TrackBack(0) │比叡山
大講堂

大講堂。
信長焼き討ち後寛永19年に再建されたそうであるが、昭和31年に消失したため坂本にあった讃仏堂を移築したものだそうである。ここでは法華大会など比叡山の重要な法要が執り行われるそうです。
消失以前の建物はもっと大きなたてものであったらしい。
ここの火事については子供のころ親父にも聞いていたし、草津に住むようになってからこちらの人に聞いたことあるが、草津からもよく見えたしそれはそれは大きな火事のようでした。それはそうでしょう今の民家でいえば数10軒が一度にもえてしまうのだから。
本尊 大日如来

戒壇院 本尊 釈迦如来
天台宗の僧侶が受戒する道場。

阿弥陀堂 本尊 阿弥陀仏坐像

法華総寺院東塔
佐川急便会長の寄進で建てられたものだそうです。
2007年04月14日 Posted by 吉祥 at 07:06 │Comments(0) │TrackBack(0) │比叡山
根本中堂

本坂から登ってくると、この文殊楼につくことが出来ます。階段というより梯子を上がると楼上に文殊菩薩が安置されています私も上がってみました。
三人寄れば文殊の知恵といいますが知恵の仏様です。もう時遅しかも知れませんが私も知恵を授かるようお祈りしてきました。

先日うろうろおばさんに教えていただました。
4月4日から4月11日まで延暦寺御修法が開かれています。御修法とは根本中堂は桓武天皇の叡願により最澄伝教大師が建立したものです。この御修法は玉体を加持祈祷することにより国家の安泰を祈願するものだそうです。
たまたまこの時間浄侶が根本中堂に入られるところに出くわしました。

この坂を降りると根本中堂です。
元亀の法難信長の焼き討ちにより建物は焼け江戸時代に再建されたそうです。大人が抱えることが出来ない太さのケヤキの柱が70数本使われており、現代ではこれだけの欅は探してもないということでもう二度とこの建物は再建不可能ということで国宝に指定してされています。
2007年04月11日 Posted by 吉祥 at 11:37 │Comments(2) │TrackBack(0) │比叡山
花摘堂跡から

花摘堂跡の道標に出ました、花摘堂とは女人結界があったころ4月8日までは女性はここまで来ることが許されたとのことです。女性は登攀途中の花をつんではるかなる本堂に合掌して下山したとのことです。最澄は奈良六宗と決別し大乗仏教をひろめたとありますが、女人結界があるとは男女雇用均等法の今では考えられないことです。

法然堂、ここで浄土宗開祖(知恩院)法然は得度されたとあります。堂に入ってみるとご自由に参拝してくださいとありましたが扉が閉まって本堂には入れませんでした。住職もだれもいないのかなあー。

ここはよくわからないです、石碑に薬封院之碑とあり何故か亀に乗っかっていました。ここを出て急坂になると道が何故かコンクリート、どうやってここまで生コンを運んだのかとあえぎあえぎ登ると、鉄筋の建物が延暦寺会館右手に文殊堂が。やったー根本中堂がここまで1時間25分もっと遠いと思っていたしもっと険しいと考えていました。
2007年04月10日 Posted by 吉祥 at 22:01 │Comments(2) │TrackBack(0) │比叡山
比叡を登る

東塔のあと無道寺谷までいくことに、ケーブ延暦寺駅横を通り下っていくこと15分ほどで弁天堂に着きます。弁天様にお参りしたあと不動明王堂へここ一体、山の急斜面にいくつかの建物が隣接しています。千日回峰行の堂入りがおこなわれるのはこの堂です。
ここから眼下にみる琵琶湖の風景は絶景でした。この不動明王堂建物が重要文化財ですが、根本中堂とはまた違った雰囲気をかもし出しています。観光客がいないせいか修行道場らしい雰囲気です、根本中堂はややもすると俗化していますが、ここは良いところでした。
当初ここからケーブル山上駅まで戻って、下りはケーブルで帰るつもりでしたがこのまま歩いておりることに、正直な話里についたら足ががくがくでした。詳しい話おいおい記事にしたいと考えております。とりあえず比叡山登頂記はここまで。









2007年04月09日 Posted by 吉祥 at 07:07 │Comments(12) │TrackBack(0) │比叡山
比叡山に登りました。

今日比叡山に登ってきました。比叡山高等学校横の石段をあがって本坂コースから根本中堂を目指しました。観光案内所の話では約二時間ほどかかるとのことです。普段歩くことの生活ほとんどない生活していますから、かなりきつかったです。しかし1時間25分で文殊堂につきました。
当初登りは歩いてあがって、帰りはケーブルで帰るつもりでした。東塔周辺をお参りしたあと無道寺まで行きましたお不動さんに参ったあと、エーイこのまま歩いて下がれということに。
このブログでは今日は東塔周辺の写真、次回は無道寺を二回に分けて記事にします。個々の堂の説明については別途また書き留めていきます。











