2011年11月15日

おやじのたまり場で歩いてきました

大津市にある「おやじのたまり場」主催による街道ウォークに行ってきました。歴史大学の開講式のおりに全員にパンフレットが配られ、その中の一枚に街道ウォークのチラシが一枚入っていました。11月の土曜日に3回街道歩きが計画されているようで、そのうちのひとつ北国海道・雄琴~衣川~真野を歩くというタイトルに惹かれました。

ところで「おやじのたまり場」とはどんな活動をやっているのかHPを見てみると、敬老会に入るのは年齢的にまだチョットだが、かといって家でゴロゴロとしているのもと云う方が集うサロンなのだそうです。
絵画あり、男の料理あり、歴史ハイキング他諸々と楽しんでおられるようです。ただここは大津市の助成事業だそうなので、市外からの参加も可能なのかどうか問い合わせてみたら、構わないとの返事をいただきました。

坂本、堅田についてはまがりなりにも歩いたことはあるのですが、雄琴についてはその歴史を含めて殆んど知っていません。衣川についても白鳳時代に大寺があったことは聞いていますが、廃寺跡には行ったことはなかったので今回は楽しみにしていました。

雄琴駅が集合場所で予定の時間になると、リュックを背負ったシニアが続々と集りだしました。知った顔の方はいないか見渡しましたがいませんでした。
先ずこの日の世話役さんからコースの紹介と、注意事項の説明があって目的地に向かっていざゴー。



雄琴は古く平安初期にこの地を治めていた、小槻氏今雄宿禰により開かれたといいます。
小槻氏は太古の崇仁天皇を祖とする豪族とかで、どこかで聞いた名前だと思っていたら栗東に小槻神社があり、栗東が出生地だとか。で雄琴神社の主祭神は小槻氏今雄宿禰なんだそうです。



雄琴神社に隣接する福領寺では、住職さんの熱の入った説明を聞くことができました。なんでもこの福領寺には国指定の重要文化財であるところの阿弥陀如来坐像があるのですが、この阿弥陀さん明治42年に国宝に指定されから昭和25年までは国宝のままだったそうです。明治時代には重文制度がなかったのですが、あまりにも国宝が多すぎて国宝と重文にわけられたと聞きます。
寺社に行くと時々重文が旧国宝と書かれているのを見かけます。ここの阿弥陀さんは住職の説明によると、国宝でよかったのですが、小さなお寺で国宝を持つことには抵抗があって願いでて格下げしてもらったのだそうです。
このお寺は現在浄土宗ですが元々は天台宗だったそうです。この地の御殿さんの和田家の菩提寺だったのですが、坂本の聖衆来迎寺の檀家に昔に変わられたそうです。そこで幸といえるのか衆生が檀家となってくれて現在に至っているそうなんです。
それでこの阿弥陀さんも実は天台様式の阿弥陀さんなんだそうで、幾多の戦火をくぐり抜けて現在もおましおられるとのことでした。





滋賀の通史をみてみるとこの衣川廃寺のことは必ずでてくるようで、私も早くから訪ねてみたいと考えていました。
その存在については大正時代に、江若鉄道軌道敷設工事中に既にわかっていたそうです。その後JR湖西線建設に先立って本格的に発掘調査か゛おこなわれ、白鳳時代の県内最古の伽藍であることが判明したそうです。

「春日山から見た琵琶湖です」


最後に春日山古墳にいきました。ここは現在滋賀県が管理しているそうで山全体が公園になっていました。
この山の尾根ごとに古墳が存在していて、なんとその数は230基を超えるのだそうです。



あまりにも広くて全てを見るのは不可能なことで、そのうちの横穴式石室古墳一基だけ紹介されました。


帰りは湖西線の堅田駅から乗車しました。4人掛けの座席に膳所の男性の方、そして瀬田の女性の方と同席でお二人とも会員のご様子でした。いろいろとおやじのたまり場のことも聞け、車中も楽しく帰宅することができました。
道中の説明も全て一人で行うのではなく、それぞれのポイントで交代で説明役をこなしておられました。車中の男性に聞いた話では下見には最低3回、多いときには5回下見にいくとのことで驚きました。
しかしそれにしても、大津市は素晴らしいサロンをお持ちで、羨ましい限りの一日でした。

  


Posted by 吉祥 at 10:08Comments(10)晴耕雨読日記
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