2019年08月07日

近江塩津港遺跡



先週県立図書館近くにある滋賀県文化保護協会にて行われている、夏の特別陳列に行ってきた。お題目は京と海を結ぶ近江の港と船である。今年まで遺跡発掘調査が行われていた、近江塩津港の特別展示会である。昨日の朝日新聞にも載っていたが、安土考古学博物館に於いても来月まで展示会があるようだ。

前々回の当ブログで書いた滋賀の炭鉱と同じく、近江塩津は子供の頃社会科の勉強で習ったのを覚えている。先生がなぜ塩津と云うかと言うと、塩を積み下ろししていた港があったからその名がついたとのことであったが、なぜ琵琶湖の端の北の地で塩を積み下ろししなければならなかったのか知るすべもなかった。子供のころは滋賀県の地図を見てどこにあるのか想像するだけであった。初めて近江塩津に足を踏み入れたのはマイカーを手にして、夢であった琵琶湖一周を成し遂げた時だったと思う。

塩津港遺跡で発掘調査が行われているのを知ったのは数年前のことであった。当日パンフレットをもらって知ったのだが2006年から調査が行われていたようで、この2006年と云えば吾輩が滋賀咲くブログを開設した時ではないか。

塩津港は平安時代から湖上交通の拠点として栄えていて、ここから北陸、嶺南地方の塩、海産物を大津を経由して京の都へ運ばれていた。



中世の頃は堅田、坂本から京の都に運んだと聞いたが、堅田、坂本からどの道を歩いたのか知りたいのだが資料が見あたりません。琵琶湖の湖上交通、水運の歴史を紹介した本がないか探しているのですが見当たらないです。




  


Posted by 吉祥 at 08:47Comments(0)琵琶湖

2019年07月19日

琵琶湖の橋板をみてきました



昨年だったか郷近くに設置された「琵琶湖の橋板」を見てきました。一基は砂浜の方に揚げられていましたが、一基は琵琶湖に設置されていました。今、参議院選挙中なのですが候補者の方が、フェイスブックでこの橋板に乗ってる写真をよく投稿されています。日本遺産に登録された水辺の景観いつまでも大切していきたいものです。



橋板の沖合に目をやるとエリの杭がひろがっています。琵琶湖の橋板と琵琶湖の魞(さかなに入る)組み合わせが絵になります。

  


Posted by 吉祥 at 08:26Comments(0)琵琶湖

2019年04月30日

草津の日本遺産



3日は我が地域の祭礼の日。昨年芦浦観音寺と草津の常盤地域を主とするサンヤレ踊りが日本遺産に追加認定された。昨年から市の広報でこの日本遺産と云う文字をたびたび見るようになった。最初は気にも留めなかった日本遺産であるが、今年に入ってから気に留めるようになったきた。

日本遺産ってなんだろう。今もってよく分からないのだが行政の説明によると、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを文化庁が日本遺産として認定し、文化財群を総合的に活用する取り組みを指すとある。文化・伝統を語るストーリーってなんだろう。文化財を活用するってどういうこと?。よくわかんないのだが、我が地区のサンヤレ踊りが日本遺産に認定されたの云うのだから、それは目出度いことなんだろう。神輿も2基出るしそれは華やかなお祭りなのだが、どうもこの祭りは好きにはなれない。やはり祭は山王祭のように活気がなければと吾輩は感じるのだが。

このサンヤレ踊り草津の常盤地区を中心に7カ所で行われるのだが、今年は無料バスの運行を含めて行政、観光物産協会が活用に熱が入っている。
滋賀県のキャッチフレーズは「琵琶湖とその水辺景観ー祈りと暮らしの水遺産」だそうだ。サンヤレ踊りは多分祈りかと思うのだが芦浦観音寺は、舟奉行であったと云うことから水辺景観なのだろうか。

とりあえず今年は日本遺産を頭に入れておいて見学さしていただこうと考えている。因みに守山は大庄屋諏訪家、下新川神社、ホタルの資料館、慈眼寺の4カ所が日本遺産なんだそうだ。  


Posted by 吉祥 at 08:27Comments(0)祭り琵琶湖

2019年04月16日

日本遺産

有形、無形を問わず世界遺産と日本遺産と云うのがあるようですが、その違いについて拙者はよくわかっていません。世界遺産はユネスコが認定するもので、日本遺産は日本独自のもので文化庁の管轄となっている。だけでは説明不足なのだがそれ以上のことはよく知りません。

滋賀県には世界遺産があって比叡山延暦寺がその指定を受けているのですが、なぜか古都京都の中に組み入れられています。彦根城を世界遺産にという運動があるようですが、同一国で同じものを二つと認定しないとか?。お城は姫路城がすでに世界遺産に登録されているそうです。そこで世界がだめなら日本でと、日本遺産に登録されたのが県内一円に広く分布しています。滋賀の日本遺産で検索してみると、県内の観光マップみるようなものです。

そして文化庁に申請したうたい文句は「琵琶湖とその水辺景観-祈りと暮らしの水遺産」
琵琶湖界隈の知っているところが入っています。それと景観ばかりではなく、琵琶湖の漁法に川魚の食文化もはいっています。太鼓踊りを始めに祭りも日本遺産。



先日歩いた堅田湖岸にある出島灯台です。何でも琵琶湖に灯台があるのはここだけらしいです。



出島から堅田漁港を案内しました。いつ、どこで、だれに聞いたのか定かではないのですが、沖島漁港、北山田漁港、堅田漁港これが琵琶湖の三大漁港だとか。だとしたら、私は間違いなくこの堅田漁港が最大の漁港だと思っています。画像の建物が15棟ほど建ち並んでいます。ここでシジミの身かきが行われていたのではないかと推測しています。シジミの佃煮が市販されているのを見かけますが琵琶湖産の瀬田シジミではないと思うのですが。野洲のスーパーではたてぼし(石貝)の殻をむいて湯がいたのを売っているから、たてぼしは今も釜茹でをここでやっておられるのかも知れません。

川魚は生臭いとかで毛嫌いされる方がおられるのですが、私は湖岸で生まれ育ったものですから全く苦になりません。鮒、鯉、アユ、モロコ、ハスと何でもいけます。初春に穫れるアユを自転車に乗って売りに来られ、おふくろが大きな鍋でかまどで釜揚げによくしてくれました。氷魚と云うのですが食べた食べた、なので鮎のお蔭さんで屈強な身体になって鮎さんに感謝です。エビ豆もよく食べたなぁ~。ハスの煮つけは臭みをとるため炭火で一度軽く焼いて煮つけにしてくれました。身がころっととれてこれも美味でした。

この堅田漁港の景観ですが、水辺の景観と食文化、それと漁業、何れも含まれておりまさしく日本遺産だと私は考えるのですが。





  


2018年11月24日

イサザ豆



さかな偏に少と書いて(魦)イサザと読む。なんでも琵琶湖の固有種とかでハゼ科の魚らしい。湖岸で生まれ育った私にとっては懐かしくて、最も身近に感じる琵琶湖産の魚である。近江ではエビ豆という郷土料理があり、今でもスーパーなどで常に販売されているのを見る。子供のころからお袋がこのエビ豆はよく炊いてくれたので好きな一品であり、また最近我流ではあるが自分でも炊いてその味にご満悦だ。
でも、このエビ豆だが食べた人なら誰もが経験すると思うのだが、時折のどにエビの殻が刺さってしまうことがある。子供の時これが嫌だったのかどちらかと云うと魦豆の方が好きだった。

このイサザであるが、今から30年は経つかなぁ~。我が郷でイサザが全く穫れなくなった時期がある。もうその当時では所帯をもっていたので詳しいことはわからないのだが、親父がすごく悩んでいた。と云うのは親父が春祭りの村の長をやっていて、このイサザがいなかったら祭ができないと心配していた。郷の祭りではイサザが海の幸(湖の幸)として、祭壇に供物として献上されるのが伝統となっている。鯉や鮒では代用ができない代物なんだそうだ。苦労して苦労して漁協に頼んで何とか調達してもらったようだ。

昨今イサザを時折見ることができるので何とか絶滅の危機は脱したのであろうか。だとしたらこんなに嬉しいことはない。昨日このイサザが売っていたので早速魦豆を炊いてみた。本来は薄口しょうゆで炊くものだそうだが、自分は濃い口のほうがおいしく感じる。ただやはり見た目の色が悪いのが難点ではあるがね。



大豆は300gほどで濃口90㏄、酒もほぼ同量できび砂糖に赤のザラメを適宜の勘で。仕上げにみりんを入れて艶をだして完成。しょうゆはいつもの守山産です。
  


Posted by 吉祥 at 09:40Comments(0)男の料理琵琶湖
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