2012年08月12日

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

今春ある青年とひょんなことから知り合った。年の頃はと言うと私より二回り以上も若い好青年である。で、何をやっているとかと聞けば「とうこう」だと言う。へぇー草津で焼き物を、またなんでと思った。しかし「とうこう」は陶工ではなくて刀工だと言う。

これには我が耳を疑った。今の時代に刀を作る人がいるのだろうか。色んな疑問が湧いたのだが、とりあえず田中貞豊刀工のHPを見せてもらった。私がまず疑問を持ったのは作るとしても、先ず先立つには日本刀を作る道具がこの世にあるのかと言うことであった。今日本に刀工と名のつく人が、何人おられるのか知らないのだが頻繁に売れるものとは考えにくい。果たして売れないものを作る人がいるのだろうか。

日本刀について私は何の知識も持ち合わせていないのだが、一度だけ真剣を持たしてもらったことがある。近江歴史回廊大学で長浜に行ったおり持たしてもらった。おそるおそる持つとズシリと重みがあったこと今も覚えているその時のブログ記事です昔、昔私が小学校の低学年の頃、学校の校門近くに鍛冶屋さんあった。記憶は脳裏からほとんど消え伏せてしまっているのだが、窓越しからリュックを背負ってのぞいていたのは覚えている。いつも赤々と火が燃えていたような気がする。
工房と言ったが正しくは鍛刀場と言うらしい。私は田中刀工に厚かましく願い出た。一度鍛刀場を見学させていただけませんか。鍛刀場は公開されていないのは知っていての、本当に厚かましい願いだったが何とか許しを得た。

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

鍛刀場に着くと田中刀工が入口で待っていてくれました。時間とおりだったとは言えその几帳面さが伺えました。それにいでたちが白の作務衣風で、聞けば作業場に入るときはいつもこの格好なんだそうです。
そう言えば入口に注連縄と紙重が下がっていて、鍛刀場は神聖なる場所でもあり精神の鍛造場でもあるとのことで納得しました。

鍛冶屋さんで無くてはならないふいごです。写真の右側が炉で火床と言うようです。

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

こちらの写真が良く分かるでしょうか。火床の長さは日本刀の長さに合わせてあるそうです。

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

壁にはヤットコのようなものがづらりと並んでいました。火箸と呼ぶようで鉄の厚さによって用途が違うようです。やはり手に入りづらくてこの内の何本かは自分で作ったそうです。

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

電気自動ハンマーとも言うのでしょうか、これで持って鉄の固まりを叩いていくようです。


田中貞豊刀工の工房を訪ねました

隅のほうに木炭が積んでいたので、木炭でなく安いコークス(コークスは今もありますかね)でいけないないのかの愚問にコークスはガスが出るから駄目だそうです。
それにこの木炭ですが、黒炭なんだそうで木炭には白炭と黒炭があるそうです。白炭が備長炭で代表される炭で、刀工が使うのは黒炭なんだそうです。黒炭の原材料はなんでも松らしいです。黒炭は1200度からの高温になるらしですが早く燃え尽きてしまうそうです。
この炭でバーベキューしたらおそらく肉が黒こげになってしまうことでしょう。しかしこの炭ですが何処に売っているのですかね。

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

バケツに入った藁灰。田中刀工がこのバケツをさして、これを作るのに苦労しますとのことでした。ただの灰だと思ったのですが、これを鉄を叩くときにふり掛けて炭素補給するのだそうです。
昔野焼きで作っていたくん炭の藁バージョンなんだそうです。

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

道具類については、いろいろと見せてもらったのですが意外に少なくて、これだけの道具で日本刀ができるかと思いました。
このあとわからないままにも、日本刀ができるまでの工程を一通り聞くことができました。画像は玉鋼で持ってみるとズシリと重くて鉄の固まりだとわかりました。これを熱くしてハンマーで叩いて不純物を取り除いていくようです。

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

積み沸かしというそうで、てこ棒に先ほど作った板状の鉄を重ね合わせて、羊羹のような固まりを作るそうです。この時の様子は田中刀工のHPの動画をみてください。

田中貞豊刀工の工房を訪ねました

まだ輝きもないのですが、日本刀の原型を見せていただきました。形はすでに日本刀の形をしていました。ここからあの日本刀ができるのですね。

田中貞豊刀工の工房を訪ねました 田中貞豊刀工の工房を訪ねました

数々の砥石。刀は砥師さんにやってもらうのと違うのですかと聞いたら、砥師さんは光沢を出すだけらしいです。曲がった変な木があったので聞けばふまえ木と呼ぶそうです。何に使うと言うとこれでもって足でおさえて砥石を固定するとか。

忙しい中手をとってしまって申し訳なかったのですが、日本刀ができるまでの工程と道具類の説明を受けて感謝感謝で帰りました。
画像については田中刀工に断りを入れて写したのですが、全ての写真の持ち出しは今回のブログに限りお断りします。


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この記事へのコメント
吉祥さん、おはようございます。日本刀の刀工が矢橋町にいることは、かなり前から聞いていましたが・・・。人間国宝の指導を得て、独立されたので、かなりの腕前なのでしょうね。田中さんのホームページも見せて頂きました。動画も「鍛刀篇」と「焼入篇」も見せて頂き、概要を理解できました。でも、吉祥さんも良い方と知り合いになり、鍛刀場を見学させていただき良かったですね。
Posted by kobatoan at 2012年08月13日 11:07
kobatoanさんへ。
知っておられたのですか。私は初耳で聞いて驚きました。作業場は普段入れないようです。作業中に他人さんがいると気が散ってしまってだめなんだそうです。この日はお盆の入りで仕事は休んでおられ仕事場の整理をされていたようです。

道具類ですが意外や意外で少なくて、これで刀ができるのかと言う感じでした。刀ができるまでの工程を聞いたのですが、その場ではわかっていたつもりなのですがブログに書き始めると何を書いてよいのやら。

滅多に見せてもらうことが出来ない場所を見学させていただいて嬉しかったです。
Posted by 吉祥吉祥 at 2012年08月13日 15:26
やっぱり刀をつくられたんですね。ちょいと聞いていました。
とうりではないところだから目立ちませんよね。
あんなところで刀をつくっているとは夢にもおもいませんでしたわ。
 お父さんはよくしっています。
Posted by そば打ちおじさん at 2012年08月14日 22:44
そば打ちおじさんへ。
最初聞いた時は冗談かと思いました。それほど深く考えずに仕事場を見せてほしいと言ったのですが、今考えると失礼なことを言ったと反省しています。
あそこは多分、一般の人は立ち入り禁止だと思います。

厚かましながら見せてもらったのですが、道具類の少ないのが意外でした。よくぞこれだけの道具で刀ができるものだと、今もって不思議です。

わら灰を作るのが大変らしいです。2畝ぶんの藁がいるそうです。
私は知らなかったのですが、kobatoanさんも知っておられたようですしやはり地元の方は聞いておられたんですね。
Posted by 吉祥吉祥 at 2012年08月15日 08:41
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