2007年04月11日
根本中堂

本坂から登ってくると、この文殊楼につくことが出来ます。階段というより梯子を上がると楼上に文殊菩薩が安置されています私も上がってみました。
三人寄れば文殊の知恵といいますが知恵の仏様です。もう時遅しかも知れませんが私も知恵を授かるようお祈りしてきました。

先日うろうろおばさんに教えていただました。
4月4日から4月11日まで延暦寺御修法が開かれています。御修法とは根本中堂は桓武天皇の叡願により最澄伝教大師が建立したものです。この御修法は玉体を加持祈祷することにより国家の安泰を祈願するものだそうです。
たまたまこの時間浄侶が根本中堂に入られるところに出くわしました。

この坂を降りると根本中堂です。
元亀の法難信長の焼き討ちにより建物は焼け江戸時代に再建されたそうです。大人が抱えることが出来ない太さのケヤキの柱が70数本使われており、現代ではこれだけの欅は探してもないということでもう二度とこの建物は再建不可能ということで国宝に指定してされています。
2007年04月10日
花摘堂跡から

花摘堂跡の道標に出ました、花摘堂とは女人結界があったころ4月8日までは女性はここまで来ることが許されたとのことです。女性は登攀途中の花をつんではるかなる本堂に合掌して下山したとのことです。最澄は奈良六宗と決別し大乗仏教をひろめたとありますが、女人結界があるとは男女雇用均等法の今では考えられないことです。

法然堂、ここで浄土宗開祖(知恩院)法然は得度されたとあります。堂に入ってみるとご自由に参拝してくださいとありましたが扉が閉まって本堂には入れませんでした。住職もだれもいないのかなあー。

ここはよくわからないです、石碑に薬封院之碑とあり何故か亀に乗っかっていました。ここを出て急坂になると道が何故かコンクリート、どうやってここまで生コンを運んだのかとあえぎあえぎ登ると、鉄筋の建物が延暦寺会館右手に文殊堂が。やったー根本中堂がここまで1時間25分もっと遠いと思っていたしもっと険しいと考えていました。
2007年04月09日
比叡を登る

東塔のあと無道寺谷までいくことに、ケーブ延暦寺駅横を通り下っていくこと15分ほどで弁天堂に着きます。弁天様にお参りしたあと不動明王堂へここ一体、山の急斜面にいくつかの建物が隣接しています。千日回峰行の堂入りがおこなわれるのはこの堂です。
ここから眼下にみる琵琶湖の風景は絶景でした。この不動明王堂建物が重要文化財ですが、根本中堂とはまた違った雰囲気をかもし出しています。観光客がいないせいか修行道場らしい雰囲気です、根本中堂はややもすると俗化していますが、ここは良いところでした。
当初ここからケーブル山上駅まで戻って、下りはケーブルで帰るつもりでしたがこのまま歩いておりることに、正直な話里についたら足ががくがくでした。詳しい話おいおい記事にしたいと考えております。とりあえず比叡山登頂記はここまで。










2007年04月08日
比叡山に登りました。

今日比叡山に登ってきました。比叡山高等学校横の石段をあがって本坂コースから根本中堂を目指しました。観光案内所の話では約二時間ほどかかるとのことです。普段歩くことの生活ほとんどない生活していますから、かなりきつかったです。しかし1時間25分で文殊堂につきました。
当初登りは歩いてあがって、帰りはケーブルで帰るつもりでした。東塔周辺をお参りしたあと無道寺まで行きましたお不動さんに参ったあと、エーイこのまま歩いて下がれということに。
このブログでは今日は東塔周辺の写真、次回は無道寺を二回に分けて記事にします。個々の堂の説明については別途また書き留めていきます。








